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「質」

今年もなんやかんや、1年が過ぎました。

お陰様で、今年もいろいろな経験をさせてもらいました。
でんかハウスがオープンし、松ヶ崎でも企画をさせてもらい、そしてうちのシェアハウスもいい感じに変わってきています。
研究室の活動もごりごり進め、シンガポール行きもありました。


これまでのことを踏まえ、来年以降はそろそろ、自分の実現したいものごとの「質」について真剣に考えてみたいと思っています。
肌に合う質、皆がいいと言うけれどどうにも自分には合わない質、そういったものが蓄積されてきている。



作業場の棚は年内ここまでにしました。



黒い壁面に対し、L字型の棚受けでもって好きなところに板材を張り出す。

ただ「片持ち」なので、先端はぐわんぐわんです。自部屋を作り直しているアノ同居人にも、「それはないやろ」と言われています。



でも、自分が作って自分が載せるぶんにはかまわないと思っているし、あまり「かちっと」しているより、ある程度「てきとう」な方が格好良いと感じる。
雑に使えてなんぼ、と思っている。
そして、思い立ったときに思い立った場所に棚板をつけられること。


多分このあたりが僕の好きな質なのだろうと思います。



それから最近ますます好きなのが、Microsoftの「EXCEL」。
関数を使った美しい方法がある一方、ゴリゴリと手作業で進めることもできる。
一応とっておきたいデータは、そのへんのセルにばらっと置いておけばいい。

一文字のミスでも動かなくなる「プログラム言語」たちに較べ、格段に懐が深く、手になじむシステム。
やりたいことは大体できるという、感じ。

本当に強靭な、素晴らしい仕組みだなあ。
こんな仕組みを作りたいものだ。



それでは、よいお年をお迎えください。

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「ジョー竹田」

今年行った場所を思い出すなれば、兵庫県朝来市にある「竹田城」について書かぬわけにはいきません。

10月末、前職の同期たちが京都に集まってくれました。「ホテルカンラ」の試泊のためです。
その楽しい試泊の翌日、どこか渋いところに連れて行ってくれという同期たちの声に、誰も知らないのを承知で、僕は一貫して「竹田城」を唱えました。
僕も知らない、でも両親が非常に勧めてくれたこと、ただそれだけの理由で。


当日は雨。やたらに遠い竹田城。

これでつまらない場所だったらどうしようという思いが「ラブ・ワゴン」の中に漂いましたが、杞憂でした。

これが、その写真です。




「天空の城」「日本のマチュピチュ」といった愛称を恣(ほしいまま)にし、多くの城マニアを魅了する竹田城です。





当日も雨の中、たくさんの人が集まっていました。


そこへ、「みなさーん、こんにちはー」の声。

なんだ?なんだ?と浮き足立つ我々をよそに、現れ出た朝来市長からの挨拶があり、「指導の先生」なる女性が紹介されたのち、大きな音楽コンポから流れ出たのは、あの

  「ラジオ体操第一」

のメロディーでした。

どうにも、この竹田城のてっぺんで、その日だけたまたまラジオ体操のイベントがあるようなのです。


そこら中で、老若男女、ラジオ体操。





「先生」の動きが素晴らしい、それに従い我々も運動する。





「第一」に続いて「第二」が終わると、あっさりと会は終了し、市長や「先生」は去って行きました。
興奮冷めやらぬ我々、しかしまた、しとしとと小雨降る城跡の侘しい風景へと戻っていったのです。



竹田城でラジオ体操。
この珍妙な体験を、きっと我々は忘れますまい。



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「食育」

最近の僕はというと、このお二人のつくる美味しい手料理のおかげで、アレがぽこぽこと育ってきています。



今日は「かきあげ」「小松菜とおあげのたいたん」「鯛のあら汁」(←これは僕が作った)をいただきました。

その他最近めぼしいところでは、「オニオン・グラタン・スープ」「クリーム・オブ・セロリ」という、お洒落スープも。

明日は「ラ・ザニア」なる料理を作るそうですが、あいにく僕は「忘・年会」に出席するため、食べられそうにありません。

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「シンガポール 続き」

■都市計画

淡路島程度という狭い国土のシンガポールは、その有効活用のために都市計画でやらなければならなかった。

土地はどんどんと政府に収容され、ほとんどが公有である。
用途地域はこと細かく指定されている、日本のように「○○と○○はOK、△△はダメ」というものではなく、「○○に指定」されたものである。

国連視察団の提言を受け入れたり、メタボリズムのメガストラクチャを受け入れたりもした。
もちろんそれをやるための外貨獲得戦略(およびその切り替え)は見事だった。
そうした営みの果てに、現在のシンガポールができた。

レム・コールハースは、「シンガポールは、未来を築くという発想に対してほぼ普遍的に広がるペシミズムの荒野の中、きわめて高性能の別格的存在として聳え立つ」と書いている。


GCOEという国際プロジェクトの一環で今回の調査旅行が実現しているが、その提携大学の教授に話を聞く機会があった。
「シンガポールの都市計画の中で失敗はあったか?」
と聞くと、
「大きな駐車場をつくってパークアンドライドをやろうとして、失敗した。でもそれ以外に失敗は知らない」
と答えた。

そしてまた、
「シンガポールはこれまで、需要を満たすため、開発、再開発でやってきた。でもこれからは、シンガポールとしてオリジナルなものをつくり、世界へ発信するフェイズになる。それがマリーナ・ベイの開発だ」



■マリーナ・ベイ

連結超高層「マリーナ・ベイ・サンズ」は、都心部から湾を挟んだ反対側という象徴的な場所に、壁のように建つ。
一流ブランドが軒を連ねるショッピングモールを足元に抱いているが、注目すべきは大容量のコンベンション機能や、カジノらしい。

連結部分には上ることができる。その半分は新しい観光名所になっていて、そこからシンガポールのかなり広い範囲や、マラッカ海峡が見渡せる。もう半分はホテルゲストのためのプールになっていて、水面のすぐ向こうにビル群が見下ろせる格好。


3棟つながっているのが、「マリーナ・ベイ・サンズ」


これがそのプール


足元には高級ブランド品店やカジノ

「マリーナ・ベイ・サンズ」はそれ自身がランドマークでもあり、かつそこを訪れるビジネスマンや観光客(兼・ギャンブラー)にマリーナ・ベイをアピールする場所ともなる。

ただし、これから本格開発の始まるマリーナ・ベイの大部分には建物が建たない計画らしい。そこは人工的な森になる。
それも、傘状の巨大構造物に植物を絡ませる「スーパーツリー」なるものが姿を現しつつある。


いきり立つ「スーパーツリー」のイメージ図

新しい発信のキーワードは「エコロジー」であるらしい。
ああ、またか、という感じは否めなくもないけれど、シンガポール政府がやるのであれば本気に違いない。



■人

とにかく穏やかな人の多い国でした。
変なぼったくり商売や、物乞いの人もいなくて、国民総中流以上社会という感じ。
かつ国際感覚も開けていて、この狭い国土にあって、コスモポリタン。


海で遊ぶ少年少女たち


この女性はティンカー・ベルのように空中を飛び回って、
僕たちにワインを届けてくれる人です

人種別に居住地区を分ける政策はとらず、同じ団地の住棟の中でも意図的に混合させているらしい。

マレー半島からの出稼ぎと思しき人たちもいました。広大な緑地の芝刈り、あるいは都市部の清掃。おそらく、そういった仕事を政府が生み出して雇用を満たしている。



■文化

とはいえやはり、歴史のない弱さ。文化というものが感じられない。

土産を買うときに痛感した。すべてイギリス、中華、インド、マレーからの輸入で、工芸品にも食にも独自のものがないので、「シンガポールならでは」を求めると、結局マーライオンのチョコレートしかないというわけ。
お酒を飲むところを探しても、渋いバー、寛げる居酒屋の類いが見当たらない。隙がない国だから。

工業化から金融や観光といった流れ、建築界の動きの採り入れ方、そしてこれから打ち出すエコロジー路線、どれをとってもそのときの世界的なトピックスには違いないけれど、オリジナリティはないらしい。

そのあたりが、素晴らしい国だけど、住むにはどうも、息苦しいのかなあ…と感じさせるところかもしれない。




以上、そのようなことを思いました。

上海の回は、全体性(上海の全体性、中国の全体性…)はモヤモヤしたまま終わったけれども、今回は4日間でシンガポールの大体が掴めたというような気分でした。

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「シンガポール」

もう3週間も前になりますが、昨年の上海に続き、今年はシンガポールに調査旅行に行きました。


シンガポール。ポイ捨て罰金の国。経済はあるが非人間的。去勢されたアジア。漢民族が多数だから、悪趣味な上海を、ちょっときれいにしただけのものだろう。歴史もないし、つまらなそうだ。

…そんな行く前の予想を軽く裏切ってくれた、シンガポール。
都市計画でここまでできるのだ、という勇気と感動をくれた国。



■都心部

上海の都心部にはセンスのかけらもなかった。ビルの形は不恰好で、仕上げの大理石はペラペラで。

それが、シンガポールのCBDは、かっこよかった。中国というより、アメリカに近い。ビル群に初めて美しさを見たシアトルのスカイラインに似ている。





道路の標識、看板なども英語で、よくできている。自転車や原付、輪タクがいない。車はしっかりとしたセダンがほとんど。

1階部分をセットバックさせ、屋根つきのスペースを通りに供出しているのも特徴的。ヨーロッパのポルティコと違って柱がないのが近代的な印象。



シティギャラリーにて、若手建築家のプロジェクトを一斉に展示する企画をやっていました。
明らかに岸和郎先生のコピー、といったものも少なくなかったけれど、全体にモダニズムと熱帯の風土をうまく融合させた感じで、レベルが高いと感じた。



デザインや都市景観という点で、東京なんかより遥かに上だと感じた。
同じ漢民族でも、イデオロギーが違うとこうも差が出るものか。



■郊外団地

シンガポールは90%以上が団地住まい(持ち家)という国家。
これを見るべく、環状列車沿いに団地を1日見まくるという、観光では絶対行かないツアーを敢行した。

とにかく建っている、どこまで行っても。さすがにこれだけ建てると、全部がスッとモダンな佇まいというわけにもいかないのか、色々な色が塗ってある。
プランは板状片廊下から、Y字型、星型、空中連結型まで、建築計画学の実験場かと思うぐらい。




(いずれも団地を貫くLRTより撮影)

特徴的なのが、1階はすべて開放であるということで、日曜日ということもあってよく人が歩いている。
そして団地群の足元に、マーケット、フードコートやコミュニティセンター。





このフードコートの賑わいよう。
画一的団地ではあるが、アメリカのようにスラム化することもなく、日本のようにどこかよそよそしくなることもなく、ここはモンスーン的アジア人らしく、地べたのコミュニティをつくりあげている。

共用廊下に上がると、風通しのドアと、通さないドアが二重。これはいい仕組み。
扉すぐにはタイルの土間があり、そこにデイベッドのようなものを置いて、おっちゃんのばちゃんが、寛いでいる。これも熱帯アジアではおなじみの生活様式。



アジアと団地、なかなかいい組み合わせなのかもしれない。



■工業地帯

ジュロン地区というところに一大工業地帯がある。そこでは駅の周りも工場しかない。タクシーを走らせても工場ばかり。
敷地の面積に大小あり、小のものは中華系らしき企業が多く、倉庫も多い。大になると国際企業の名前が目立つ。
その風景は大阪湾なんかとかわらない。





なおジュロンから離れた郊外に、倉庫のような建物に中小の工場が入る長屋を見つけた。
町工場のようなものが、たくさん入っているらしい。これも都市計画によって移されたものと思われる。



■歴史地区

シンガポールには3つの歴史地区があって、中華街、インド人街、アラブ・ストリート。

これらは結局、どれもそんなにかわらなかった。
これも都市計画でつくられたエリアであって、歴史もさしてないので、建物はどこでも、長屋形式のショップハウスで、植民地形式の混じった意匠。そこに入っているコンテンツとデザインの違いだけが、この3つのエリアの違い。


チャイナ・タウン


リトル・インディア


アラブ・ストリート

当然、中華街には儒教の、インド人街にはヒンドゥーの寺院があり、アラブ・ストリートにはモスクがある。
ただ中華街の中にもヒンドゥー寺院とモスクが平然と建っていた。

日本人と同じく、無宗教(多宗教でもあり、関心がないとも言う)になってきているのか?
デパートにはクリスマス飾りが出始めていたし、それが終わると旧正月が盛り上がるのでしょう。



長くなってきた。
これだから、最近ユウチャンのブログはつまらないと言われるのだ。

そう、アカデミック気取ってます☆


…2編に分けます。

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「漸進」

7月10日付の日記にて「改装を始める」と書いた作業スペース、ようやくここまでたどり着けました。



壁を貼って、白と黒に塗りわけ。



…といっても、半分だけですけどね!



これから黒い壁に棚をつくりつけて、モノを動かして、残った半分を塗る。
はたして年内に終わることやら、どうやら。


そしてこの男も。



この人の場合、壁を貼り終わらないと寒くて冬を越せないと思います。

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「展覧会が終わりました」

展覧会「sora」は本日最終日を迎えました。
5日間、雨の日もありましたが、たくさんの方に来ていただきました。
あっという間に5日間が過ぎ、少し寂しいほどの気分です。






以前グループ展をしたときも感じたのですが、展覧会を「開く側」になってギャラリーでまったりと過ごすのは、えも言えぬ心地よさがあります。知人が来てくれたとき、知らない人がふらっと入って見入ってくれたときの愉快さよ。


今回、改装から仕組みづくりから、多くのことを学びました。
その結果、いい空間ができて、そして若林ご夫妻に喜んでもらえたことが何よりでした。

ここをおもしろく使う企画のある方は、気軽に声をかけてください。
自分も、来年の今頃に展覧会をすることを目指して、研究を進めようと思っています。



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「展覧会が始まりました」

告知していた展覧会「sora」がスタートしました。

「でんかハウス」の飾らない空間に、電球を吊るし、そして若林さんの枝作品。これがベストマッチで、狙っていた通りの雰囲気になりました。










写真では伝えがたい!
こっちの方がよっぽどいい写真があります。

http://denkahouse.exblog.jp/


若林さんは、ご夫妻で会期中常駐されるので、是非訪れてみてください。「びやーってやって、ぺってやる」感じの若林流創作論も聞けることでしょう。
僕も最終日夕方は居る予定。明日も行けるかどうか…。

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「展覧会開催のお知らせ」

今月末〜来月頭、蹴上「でんかハウス」にて、展覧会が開催されます。


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sora

- Shigehiro Wakabayashi TWIG ART EXHIBITION -


日: 2010.10.30〜11.3
時: 11:00〜19:00
(30日は14:00より、3日は17:00まで)

30日の19:00〜21:00に、オープニングパーティを開催します。


DMはこちら

若林さんのページはこちら

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アーティストの若林さんは、僕が四谷に住んでいたときに隣の部屋で事務所を構えておられた方です。偶然仲良くさせていただき、「渋谷グランベルホテル」のインテリアにも作品をお願いしました。

落ちている枝を拾ってきて、板に貼り付けてアートへと変貌させます。軽やかで発見的な作風がすごく好きです。

今回は新作が見られるとのこと。
立方体作品などにも個人的に好きなものがたくさんあるのですが、華奢すぎて運べないそうです…。



でんかハウスにとっても初めての本格的な展覧会です。作品とのコラボで、どんな空間に生まれ変わるか楽しみです。

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「祭り→アート」




先日、三条蹴上「でんかハウス」にて、月末から始まる展覧会に向けた改装作業をしていました。
と、三条通に、近所の神社の秋祭りの、山車の大行列が通りました。

祭りとアートがこんにちは。



最近、祭りや宗教というものに対し、アートがとってかわっているのではないか、と思います。

先日訪れた「瀬戸内〜」では、日本世界各地からの老若男女が入り混じって、島々に点在するアート作品を巡って歩いていました。これは「現代のお遍路さん」だと思いました。巡る対象の有り難味がわかったようでよくわからない、という点でも共通しています。

祭りの担い手が減ってきているということはよく聞きます。ますます無宗教化が進み、お墓の文化もいずれ細っていくのかもしれないとも思います。
一方我々の世代にとって、現代アートは近しいものとなりました。そしてそれはイベントを伴います。ビエンナーレやトリエンナーレは随分増えましたし、それがことごとく「〜芸術祭」と銘打っているものですから、やはり祭りの現代への写像のように思えます。

ただし祭りや宗教がある程度固定化したの価値観や対象に対する崇拝を前提としているのに対し、アートは常に新しいものを求めます。そこがおもしろい点であり、ちょっとおぼつかない点でもあります。

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「場」

もう3週間ほど前になってしまいますが、また家の前でバーベキューをやりました。住人クミコと僕が偶然にも同じTJBなので、その祝いをやってもらったわけです。よくわからないけど、2人から香水をもらいました。

それぞれ友達を呼んだので、総勢20人くらいだったかしら。
6時ごろから道でバーベキュー。10時ごろから家の中でだらだらと。ご近所さんから餃子、チヂミ、おでんなどの差し入れもあり、楽しく盛り上がりました。


おなじみのこのカット


肉を食べる人たち


TJBケーキ


そら当然こうなります

こんな西院の不便なところに、たくさんの人が集まってくる、不思議なものです。僕は本来的には対人出不精なのですが…。
おそらく場があるからでしょう。場があって、人が集まる。「でんかハウス」でもそうなっています。


場があれば、そのデザイン(意匠)はそこまで関係がない。
でも、ただ場があるだけではだめで(うらぶれた公園など)、そこに始終人がいる仕組みが要ると思います。

シェアハウスというものはおそらくその資質を揃えている。あとはやたらと広いリビングとか、道沿いのオープンスペースとか、そういう場があればいい(一軒家にはあることが多い)。


先日、話題の「瀬戸内国際芸術祭」に行ってきたのですが、印象に残っているのが、やはりそういう場をつくっている作品でした。
女木島(鬼が島)にあった、民家の中から庭にかけてずーっとウッドデッキを張り出しているプロジェクト。星が真上を通過したら音が鳴るという仕掛けもあり、昼も夜も、ひんやり冷たいウッドデッキにごろんと横になって空を見ている人がたくさんいました。


夜のウッドデッキ、向こうに建物

それから「Iラブ湯」という銭湯。
すごいデザインですが、純粋に銭湯空間として心地よかったです。白くてきれいで、ゾウがいて、浴槽の底に春画が貼ってある、そんな銭湯があってもいいと思います。


外観(中はダメヨ)

独善的で美しい作品もありましたが、やはり場をつくるものに惹かれました。

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「鳥越城」

毎年恒例の学会発表に出かけてきました。今年は富山。

今年はいろいろな人と話せたりして収穫があったのですが、やはり学会の裏目的といえば旅行。
研究室の仲間たちと一緒に、鳥越城、金沢、富山、魚津、砺波平野、相倉、白川郷、高山、美濃、明治村、名古屋を巡ってきました。


中でも印象に残っているのが、鳥越城。
白山の麓の田園地帯の中にある小さな山城で、一向一揆が最後まで織田信長軍に抵抗したところです。



自分も調べるまで全く知らなかったのですが、最近宗教関係の建築や都市に惹かれていて、後輩を連れて無理やり行ってきました。
(ちなみにうちの教授も同じ歳のころ宗教に没頭しておられたらしく、密教教義を記号論やシステム論で解釈していたそうです!)

一向一揆というと「文句ばっかりの喧嘩っ早い農民集団」というイメージでしたが、自らの意思を貫き、あの戦国時代において百年もの自治・自衛を行った、志のある人たちだったそうです。本願寺派に対する信仰は北陸において篤く、今回の旅行でも多くの本願寺系寺院を見ました。


さて、鳥越城。このような雰囲気です。


本丸へ続く門


本丸


周囲を見下ろす。手前は天然の空堀と思われる。


木柵の狭間(鉄砲や矢を射る穴)

石垣はほとんどなく土塁中心で、木の柵が並びます。門構えはむき出しの木造、建物は掘っ立て柱の礎石だけが残っています。
季節遅れの蝉が鳴き、草のにおいが立ち込めます。我々二人の他に「歴女」らしき中年女性一人がいるだけの、侘しい情景です。


ただし、その情景はいろいろな想像をかきたててくれます。
ここにどんな建物があって、どう暮らしていたか。敵はどうやって攻めてきて、どう防いだか。一向宗の信仰を支えるお寺は城内にあったのか。…。

おそらく昔の人も同じように想像を巡らせたのでしょう。
敵の攻めを防ぐ、逆に討って出る、攻めを警戒して見渡す、兵士が暫くの間暮らす、周辺の土地を治める、他の城との連携を保つ、敵との緊張関係を保つ…。
城というものは斯様にたくさんの機能が要求されているようです。

その中で建てるべき場所を選び、図面を引き、コストや施工の計画を立てる。
地形を活かしながらデザインする必要もあります。ここに物見台をつくる。この窪みを活かして空堀にする。この道にはわざと敵を引き込んでおいて叩く。…。


なんておもしろそうな!
築城の事業計画、誰か僕にやらせてください。

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「西院の歴史について(続き)」

調べていると、「賽の河原説」もただの作り話ではないようです。
鴨川と桂川の合流地点は「左比の河原」と呼ばれ、子供たちの無縁仏が野ざらしにされていた。現・西大路四条の「高山寺」(ジョーシンと同じく淳和院跡に建つ)は地蔵菩薩のお寺で、子供たちの供養をしてきたらしい。

そもそも「鴨川と桂川の合流地点」というのは現在の南インターあたりにあって、西院とは遠いし、そのあたりには平安後期に「鳥羽離宮」ができたようで、穢れた土地が離宮になるとはイメージしづらい。

ただし、昔の「何々のあとに何々ができた」などというのは数十年、数百年のスパンを経ての話ばかりで、ガストのあとにマクドナルドができた。というのとは全く違いそうです。
その当時の時間感覚、空間感覚はなかなか実感しづらく、実際、今住んでいるあたりが全部コークス滓の捨て場だったり田んぼだったりという戦前戦後のことすらイメージしにくいところがあります。
未来もどうなるかイメージを越えている可能性があります。「廃墟とも見まごう静寂の青山通り」というのも、数世代下ったころには現実かもしれません。



これが高山寺。
高雄のお寺とは違い、「こうさんじ」と読みます。



小さいお寺です。

ちなみにそのお寺の前で、こういうものに気がつきました。



阪急西院駅は1つしか出入口がないため、避難用出口が設けられていたのです。

今までそれとは気がつきませんでした。多分もう1つぐらいあるはずです。

出入口1つという地下駅は珍しい、他には隣の大宮駅ぐらいしか知りません。
電車の通過のたびに、気圧の関係で、通路階段に猛烈な風が吹き抜けます。なので、副作用を期待する男子が多いと聞きますが、残念ながら吹くのは決まって逆風、つまり吹き降ろしの風です。

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「地蔵盆バーベキュー」

「地蔵盆」は、お盆の次の週ぐらいにお地蔵さんの周りで祭りをする関西独特の風習ですが、今年は我が家でも、それにかこつけたバーベキューを開催しました。

まずお地蔵さんにお供えをし、



夜になると家の前の道を占拠してバーベキュー開始!
料理長のミスターO岩氏の仕入れた肉、魚に生レバー。
ほどなく、声をかけていた近所の方々が集まってきました。我々と同数ぐらいだったかな。





わりと高齢の方が多いのですが、いろいろ話を聞かせてもらったり、逆に我々の妙な生活について話したりして、かなり盛り上がりました。

個人的には、西院の歴史をいろいろと聞けたのがよかった。はす向かいのおっちゃんの話すのによると、
・現ジョーシンのあたりに淳和院天皇の別荘があった。そこが「西院」と呼ばれた
・「賽の河原」説は後からのこじつけ
・戦前は国鉄がこのへん一帯にコークスのかすを捨てていた
・戦後は田んぼになったが、四条より北の旧西院村の地主さんたちが土地を持っていた
・その後開発が進み、地主さんたちは潤った(このあたりは若干のやっかみもあり 笑)

あと、西陣が近代化しないのは埋蔵文化物が多すぎるからだとか…。


最後には、この日の近辺が誕生日だった住人2人による恒例のケーキカットが行われました。



初めての試みでしたが、ナチュラルに楽しかったと思う。また次回も、事も無げに、道路でバーベキューをしてみたいです。



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「聞き取り調査」

暫く書いていませんでした。

その間にKOSEIの結婚式及びその余興、アロハシャツで身延山久遠寺参り、お盆の地元郷土史巡りなど、書きたいことはたくさんあったのですが。

嵯峨嵐山プロジェクトのための調査で忙しかったのです。


嵯峨嵐山を訪れる観光客の皆さんに、どこがよかったか、などをヒアリングし、よかった場所を地図にシールを貼って集計するというもの。地域に乗り入れる電鉄3社のご協力もあって実現したリサーチです。


ガイジンさんに聞き取りをするヒライ君


集計地図。小さくて見えにくいけれど、かっこいいのですよ。

聞き取り調査自体は卒業設計のころからやっていたし、マネキンバイトの経験もあるのですが、今回はご存知のこの暑さ。それに挑んだ12人の猛者たちですが、無事全員が生きて帰れました。ただしあまりに疲れていたためか、打ち上げの席にて約1名が自爆(僕)。


感じることは数多ありましたが、やるべきなのは、それをデータとしてまとめること。これからです。
他に近々に仕上げるべき企画書が2件、作り始めのwebが1件と、忙しくやっております。

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「愛宕山千日参り」

先週金曜日は「高雄ゴルフクラブ」で330球打ちました。最近ついに「掴んだ」ので打ちまくったわけですが、手の皮はむける、足裏はつる、腰はよれよれという体たらくでした。

明けて土曜日。「愛宕山千日参り」に出かけました。
これは、毎年7月31日から8月1日にかけての夜に、京都の北西にある愛宕山頂の神社に詣でると、千日ぶんのご利益があるというもの。家電量販店などでよくやっている、ポイント1,000倍のお得な日です。

大学の後輩二人と深夜12時ごろ歩き始めました。愛宕山の参道、鳥居本にある「一の鳥居」をスタート。



この日は登山道もごった返しています。老若男女が登っていきます。
なので若者と言われる我々は大丈夫だろうと思いきや、体力が減退している上に「高雄ゴルフクラブ」での打ち込みが効いて、大変に厳しいものでした。早々にダウンしている我々の横を、子供たちがぴょんぴょんと跳ねて追い越していきます。

「さすが千日ぶんだけあって、きついなあ」と話していました。しかし普段参ってもきつさは同じなのがMISOです。



人とすれ違うと、上っている人は下っている人に「おくだりやす」、逆の場合は「おのぼりやす」と声をかけあいます。いいものです。
ただ多数の人が「おくだりや〜す!」と発音していました。僕は「おくだりやすぅ」が正しいと思ったので、密かにそう言い続けました。文化の形骸化に抵抗するかのように…!


さて、最後は水分もきれてヘトヘトになったところで山頂に到着。午前3時前。
1本300円のありがたいお茶を購入し、神社の奥へと進みます。こんな感じになっています。



しかしその脇で見たものは、疲れを癒し仮眠をとるために地面に横になる人々の姿。モスクかと思いました。



屍をかきわけて本殿に達し、1,000ポイントを獲得。
ありがたいお札を購入して、山を後にしました。帰りは早かった。


一の鳥居再び。


これがお札(家の台所に貼り付け)。



愛宕山には本能寺討ち入り前の明智光秀も詣でたそう。また嵯峨野の古刹・清涼寺は、愛宕山を中国・五台山になぞらえて建立したそうです。
麓の清滝は京都随一の心霊スポットで、あらゆる商売がうまくいかない街らしいです。そういえば愛宕山中腹には戦前遊園地があったそうな。戦前の遊園地ってどのようなものだろう? 観覧車も木製で人力だったのだろうか。

このようなパワーのある地、愛宕山。参ってよかったです。



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「生活」

もうすぐ8月、「学生はんは夏休みやからええねえ」とよく言われますが、そんなことはありません。「期末テスト」なんてものももうなく、研究室単位、あるいは個人単位での動きなので、特定の夏休み概念が薄いのです。

「毎日が休日」とも「毎日が平日」とも言える生活です。土日に大学に行くこともあれば、平日にまる一日、家の改装をしたり本を読んだりしていることもあります。

あえて平均的な一日を述べるとすれば、大体10時ごろに起きて、同居人の後輩と一緒に車で大学に行き、のんびりと諸々の作業をして、日が変わる前ぐらいに帰宅して、個人事業の仕事などをして、3時ぐらいに寝ます。

会社で働くのに較べて疲れないし、土日出勤イヤやなあというのもなく、僕には向いているようです。仕事とプライベートは連続していてもいい。
そのかわり、ヤフーニュースやニッカンスポーツの野球速報などの誘惑から逃れ得ません。

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「街歩き番組」

研究内容との絡みもありますし、生来街歩きが好きなので、テレビでもそういう番組をよく見ます。


たとえば、

@見参!アルチュン
5年前ぐらいにMBS深夜でやっていた名番組(関西ローカル?)。
ケンドーコバヤシと、ゆるい俳優さんとゆるい女優さんが、なんでもない、ゆるい街を歩き、変なものを見つけてつっこんだり妄想を繰り広げたりした。


同じ系統では、

Aモヤモヤさまぁ〜ず2
テレビ東京系列で日曜夜8時。さまぁ〜ずと大江アナが街をぶらぶら歩き変な店に入ったり、買ったおもちゃで遊んだりする。
そもそもさまぁ〜ずがおもしろいし、音楽やナレーションも秀逸。「っつうわけで、三村が食べる的な感じらしいですよ」


最近話題になったのが、

Bブラタモリ
NHK。タモリが東京をブラブラしながら、街の歴史の痕跡を発見していく。知的でおもしろい。
ただしNHK特有の無駄なCG(手は込んでいる)が多い。


歩きではないけれど、

C空から日本を見てみよう
テレビ東京。ヘリか何かで街を空撮し、気になるところでは寄っていって解説が入るという、「リアルGoogle Earth」的な番組。
街、山、海とダイナミックな様相の変化が楽しめる。弟の勤める会社伝統の夏祭りが不景気で中止になったことは、この番組で知った。

D逃走中 Run For Money
フジ系。黒服サングラスの俊足「ハンター」から、芸能人が街中を逃げ惑う、逃げ切れば莫大な賞金が得られる、「リアル鬼ごっこ」的な番組(会場はテーマパークのことも多い)。
今唯一、絶対見る番組。たまにしか放送ないけれど。くだらない芸人が次々に捕まったり、坂東さんが意外と逃げのびていたりするのを見るのが楽しい。あとミッションに失敗するとハンターが100体出てきたり。
上野編、沖縄編あたりがおもしろかった。
ちなみにハンターが追うのではなく、プレイヤー同士が互いの背中のゼッケン番号を盗み見て密告する「密告中」の方が企画として面白かったが、最近は放送がない。


少し語りすぎました。


E世界ふれあい街歩き
NHK。世界の都市を歩く。カメラワークが素晴らしく、映像がきれい。
これ地上波でやっていたとは知らなかった。正統派なのに一番見ていないです。




「芦原奨学校」というグループで、街歩きのブログをやっています。

http://ashiharashogakko.blog10.fc2.com/

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「形から」

重い論文「黄表紙」の2本目を書いていました。

提出が済んだら、あと2週間で、i級k築士の試験…。
受験料2万円はドブに放ったことにして、それより、一応「デザイン事務所」ということになっている、この酷い空間の改装にかかろうと思っています。





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「オープニング大盛況」

昨日、「でんかハウス」のオープニングがありました。

住人3人と僕で、会場も料理も手作り感満載の会でしたが、ほんとに大盛況でした。合計30人ぐらいは来てくれたのかな?
写真を貼っていきます。



朝からお菓子づくり。



会場が整いました。映像は「でんかハウス物語」と「めぞん一刻」でキメました。



昼間はこんな感じで、ちらほらと。奥に見えるのは、フランス人のサムさん&彼女さん。実は通りすがりで入ってきちゃったお二人です。



これは、「でんかハウスでどんなことをしたらいいか、アイディアください企画」です。



いろいろいただいて、豪勢なパーティになりました。これは「みんふど」K合さんから「生ドーナツ」。美味。



夕方ごろにはこんなに人が。西院メンバー4人も駆けつけてくれました。



夜、サムさんの映像作品を鑑賞。手前はバイクで寝るヤンキー。



家の中でもこんなわけのわからないことになっていました。



そしてこんなシーンも。ええですなあ…。



夕方集まり始めた人は、ほとんど帰らずに11時頃の締めまでいてくれました。
もう滅茶苦茶にうるさかったけど、お昼にはご近所さんにもちゃんとお招きしているので、許してもらえる…はずです。

4人がそれぞれ友達を呼んでいたので、いろんな人に出会えました。
1月に僕がたまたま見つけてきた物件で、住人3人と協力しつついろいろ動き、昨日こんな楽しい会になって、ちょっと感慨深いものがあります。

「でんかハウス」のこのスペースでは、今後も何か企画していくつもりです。
お貸しすることもできるので、詳細はお問い合わせくださいマセ。

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「オープニング」

蹴上にオープンしたシェアハウス、その名も「でんかハウス」のオープニング・パーティを6月20日に開催します。2時ごろから夜まで。

ギャラリースペースで映像など流しながらゆるゆるやっている予定ですので、ご興味のある方は是非に!





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「壊し屋登場」

1週間前に、西院に新しく入居した、H野氏(おっさん)。

入居当日に、何故か全裸で本棚を壊すというデビューをやってのけましたが、
昨日今日も上でゴンゴンうるさいなと思っていたら、こんな風になっていました。

  

自部屋とはいえ、壊しすぎですよ!
壁、天井全部撤去した上、押入れまで壊して、ロフトをつくる計画だそうです。

なかなかやってくれますわ。


とはいえ、天井裏の状態はすごくきれいなことがわかりました。
雨漏り、虫食いなど一切なく、構造もシンプルです。

おまけで、天井裏の向こうの隅にこんなものを発見。



取り寄せて賞味期限を見れば、最後に手を入れた時期がわかりそうです。

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「蹴上」



これは、引越し風景です。

「蹴上のシェアハウス」がスタートしました。僕が仕込んだシェアハウスの第二弾です。
しかも蹴上に入居する3人のうち2人は、西院からの移住です。シェアハウスの株分けというようなものです。

今回は、看板建築の店舗部分を活かしたギャラリーつきのハウスになる予定。乞うご期待。






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「車」

車を買いました。



フォルクスワーゲンのゴルフ。
1998年のモデルです。
一応外車だそうです。
左手でウインカーを出すので、よく間違ってワイパァが出ます。



車なんて全く興味がなかったのですが、3月のある麗らかな日に仏の声を聞いたのか、急に車がほしくなり、1ヶ月経たないうちに買いました。

その間の思考。

… … …

1年お仕事させてもらってきたぶんで、なんとなく車、買いたい。

でも、貯金できてるのは奨学金(返さなあかん)のおかげやん。

でももう27なんやから車持ってるなんて普通じゃね?

しかし、歩きの研究しているのに車を買うという背徳感たるや。

あーでも、車買ったらあの娘振り向いてくれるかナ?

でもそもそも、折角のお金を興味ない車なんかに使っていいのか?

… … …

云々。

「葛藤の末、結局ゴー」
というのがいつもの自分のパターンなのですが、それを後押ししてくれたのが、このかっこよすぎる内装です。




なんでも、ゴルフのこのシリーズは内装が選べたらしく、黒でなく赤を選んだ人のみが、この内装を手に入れたそう。
道端の中古車屋で見かけ、一目惚れし、こいつを買おうと心に誓ったのでした。
(そこは高かったので別で安いの探しましたが〜)


買って2週間ほど、大学に行ったり、T京向けて中央道ゴーを決めたり、乗り回して、
「かっこいいやん」
「稼いだお金を消費するのはエライ」
「北くんこれ運んでよ」
などの言葉をいただきながら、葛藤から脱している日々です。


とにかく、車を買いました。

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「ニラ長者」

先日、隣に住んでいるおばさんが声をかけてきて、

「近所に住んでいるおばあちゃんが、お宅の庭に生えているニラをほしいって言ってる」

と言いました。
ニラは昨年に収穫して食べたのですが、知らない間に勝手に芽吹いていたようです。
それで僕は「どうぞ持っていってください」と言いました。

すると今日、おばあちゃん現れて、ニラ2株、土ごと掘って持って行くとともに、お手製のチヂミ2枚(ニラ入り)をいただきました。昼ごはんにしました。

妙なこともあるものです。
ニラには、優しいおばあちゃんのもと、ウチより大きく育ってほしい。

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「ともだちのつくった建築」

九州シリーズ3。

友達の大西百田(を含むチーム)が設計したフォリーを見てきました。

「ぐりんぐりん」のある埋立地の公園の片隅に、フォリーはあります。行ってまず感じたのが、そのあっけらかんとした不思議な佇まい。







普通「建築」というものは何らかの明確な機能があるものですが、それが取り去られている状態の不思議さでしょうか。そして、壁や柱もない、建具もない、家具もない、建築なのかどうか、いや遊具と呼ぶのも落ち着かない、そういった、土のような塊が、地面からちょっと浮いて存在しているのです。

円形の塊から直方体のボリュームを抜き取る操作に関しては、彼らは、視線の抜けや、それぞれの個別的場所性、使われ方の想定などをしながら、慎重にスタディを重ねていました。でも出来上がったものを見ると、そのような明確な意思は全く読み取れず、ただくりぬかれた不思議な塊がそこにあります。

これはもちろんいい意味です。大西さんがよく、「遺跡のような建築をつくりたい」と言っていますが、これはまさに、古代の人間が何かの意思でつくったけれど、今はただ奇妙なオブジェクトと化しているような、そういう物体のように思われました。


屋根の上の草


後ろに同じ形のマンションがある

僕がすごく気になったのが、新興住宅地の人工島にあらわれたこの物体(その名を地層のフォリーという)を、街の人がどのように使い、そして何と呼んでいるのか、ということです。
僕が訪れた金曜日の夕方は、女子中学生の一団がフォリーのへりに座り、待ち合わせをしていました。「○○ちゃんの好きな子ぉは〜」「もー、いかんっちゃ〜」などと話しながら。

この子達に、「これのこと何て呼んでるの?」と聞こうかと思ったのですが、ナンパの類いはできないタチなので、やめにしました。



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「土地を共用する街」

九州で見たUDS2物件について。


1.春日原コーポラティブヴィレッジ

コーポラティブハウスは、みんなでつくるマンションです。
好きなようにマンションをつくりたい人が集まって「組合」をつくり、共同で土地購入し、お互い調整しあいながら自由設計を進めます。権利としては、最終的には区分所有になります。

コーポラティブヴィレッジは、その戸建版です。
共同で土地を購入し、それを分割し、各自が自由に戸建住宅を建てます。でも、お互い知った者同士、敷地境界の壁を設けないので、中途半端なヘタ地ができず、家と家の間は庭になります。それどころか、各自の土地を少しずつ出し合って、家へのアプローチや、クルドサックとして利用できます。権利は普通の戸建と同じく、土地と建物を1つずつ所有できます(建築ルールはある)。


福岡の南、春日原という街の住宅地に、そのコーポラティブヴィレッジはあります。
白く明るい家が左右に並び、中央には広々とした共用のアプローチ。格好いい車がさりげなく停められています。アプローチは隙間のあるタイルで、間に草が顔を出します。そして家の前、間には、さまざまな木々が植えられ、あるいは花を咲かせています。(この植栽センスが非常にいい!)





結果、周りの街とはちょと違う区画が誕生します。


そして、この「春日原」がすごいのは、このコーポラティブヴィレッジ区画が街のあちこちに点在していること。各区画は3〜6戸と小さいものですが、時間をかけて、実際に街がかわっていっています。


別の街区

家々は、手塗りの明るい壁、格子の手すり、アルミルーバーなどのコードや、窓の配置ルールを守りながらつくられますが、特別高価な材質を使うでもなく、デザインが奇抜なわけではなく、「ちょっとお洒落なメーカーの戸建」ぐらいのものかもしれません。
コーポラティブハウスでも同様で、窓位置などマニアックな判断基準はありますが、基本的にマンションの姿です。

ただ何がコーポラを外観上よからしめるかと言うと、
@建築や小物のさりげないコード
A共用部への愛

かな〜と思いました。

@については、うちの教授もよくおっしゃるのですが、「類似と差異」―つまり、建物同士は共通のコードを持っているけれど、そこに個々のデザインが入り込むという、ヨーロッパの街並みにも日本の伝統建築街にも見られるシステムです。

Aは、掃除が行き届いているのはもちろん、植栽が豊かで、人がそこにいる。そこが、法的には他人の土地でも、運命共同体。
仲介屋で働いていて驚いたのですが、賃貸物件でも、「オーナーの愛」のたっぷり注がれた物件というのがあるのです。共用部の植栽やテーブルなどのしつらえ、入居者への手書きのメッセージ。これはお客様にも訴求力がありました。
いわんや、分譲の戸建をや、ということです。



「春日原」は、現在7番目、8番目の街区で参加者募集中だそうです。
このミクロな動きで、すっきりとした、開放的な、あたたかい街になっていく。外部空間が共用され、緑であふれる。


その最終形を、大規模分譲地でマクロからつくってみようというのが、次の「ひびきの」です。



2.サトヤマヴィレッジ

北九州の郊外、「ひびきの」というニュータウンの一角。
おそらく日本一おもしろい、戸建分譲地。

この街区割り

森の中にぽつぽつと家が建つという夢を現実化するのが、このぶっ飛んだ街区割りです。
街区の真ん中に道路を通さず、細い敷地延長によって街区内部にまで家を引き込む。
その敷地延長部分は各クラスターのアプローチになり、そして家の後ろには大きな共用の森ができる。

最初聞いたときは天才かと思い、そして実際に行ってみても天才的でした。


何期にも分けて販売していて、現在2期なのですが、もう住み始めているところは、既にいい感じなのでした。建っているのは普通のメーカーさんの家だけど、壁に囲まれて建っているのと、木々の中に斜め向いてぽんぽんと建っているのとでは、全く違います。







そして分譲中の土地がまたヘンだ。クローバーの草原に、境界線も何もなく、「分譲中」の看板があちこちに出ている。



木々も育ち始めたばかり、未分譲地も残っているので、5年後あたりが楽しみです。



こんなわけで、全肯定的に感銘を受けてしまった2物件でした。今はエスコンセプトという会社に事業が引き継がれていて、うちの同期2人がそこで頑張っています。


ただ、自分が買うかとなるとナンカ不安…というより、固定された家を、借金(ローン)背負ってまで建てるという感覚が、まだ、ない。
同じ借金背負うなら、確実に収益の挙がる賃貸物件をつくりたい気分です。

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「同期会」

この前の週末に、同期会@九州がありました。

金曜、皆が仕事後に福岡入りしてラーメンを喰らい、その足で大分の秘境、F野氏の別荘へ。

温泉に入ったあとだらだら飲んで寝て、次の日は日本一の吊橋を渡り、阿蘇をドライヴ。

その後福岡へ帰り中洲で飲み、屋台ラーメンを喰らい、夜はF野別邸にてだらだらして寝る。

日曜日は朝からUDSの2物件(春日原、ひびきの)や博多小学校を巡り、志賀島で夕日を見て解散。



あっさり書くとこのような流れだったのですが。でもすごくはしゃいだ3日間でした。
各地から同期6人も集まりました。

同じ会社で同期でいられた期間はわずか半年で、今や札幌、福岡2人、沖縄、京都、(あと北京常駐)と各地にも散らばっているのですが、どうにも、すごくわかりあっている、安心できる、それでいて、それぞれすごいバイタリティで、会うたびに刺激を大量に浴びせてくれる仲間たちです。


話の内容はくだらない下ねたや、恋愛話や、いじりあいであったりするのですが。

「ベッドが9階から地面に舞い降りた話」
「○○さんのフレッシュな恋の話」
「英語を使うと100円罰金ゲームをしているのに、ゴーゴーゴーゴーなどと言い合計1,700円徴収されたT尾くん」
「阿蘇の草むらで裸で踊るKくん」

などの話があるのですが、言うと僕が自爆するのでプライバシー保護の観点から、今回は割愛しますネ。


別荘にて


橋にて

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「不動産屋でのアルバイト」

1月からやっていた、不動産屋でのアルバイトがほぼ終わりました。

なぜか一年目から、内外野(事務方&現地案内)守れるユーティリティプレイヤーとして使っていただいたため、いろいろ勉強できました。


やっぱり案内は楽しい。自分がつくったものでなくても、お客さん(親と来ている新入生)に「わ〜ここいいわ〜、ここにしよ〜!」と言ってもらえると、すごく嬉しくなってくるものです。

それから、大学受験、新生活という人生の一大事に接するのも、なんか妙な感覚でした。
部屋探しに来ていたお母さんの案内が終わり、ちょうど試験の終わった息子さんを一緒に迎えに行ったこともありました。河合塾の解答速報を見て、
息子「おっしゃ合ってる、おっしゃ合ってる、おし、受かった〜」
母「よかったね〜〜〜2年目、やっとやね〜〜〜」
運転席の僕もウルウル。

ちなみに僕は、何を勘違いしたのかセンター直後にもう家探しに行ったそうです(憶えてないけど母親談)。しかもそのときに決めたのが、場所が微妙、間取りが使いづらい、5階なのに階段、という三拍子揃った名選手。2年で出ました。



そして、不動産仲介屋というと、やくざっぽい人、チャラ男ばかりのイメージがあったのですが、ところがどっこい、僕がバイトした某社は、本当にいい人たちばかりでした。
仕事も丁寧に教えてくれるし、もちろんお客様に対してもサービス満点。
まるで前職の某社みたい(笑)。

先日は、卒業するアルバイト仲間の追いコンでしたが、それはもう楽しかったです。来年以降は研究に本腰やな〜と思ってましたが、やはり行こうかな。
最後はアルバイトの皆さん(バイトは先輩だが大体若い)とカラオケに行き、張り切りすぎてのどを潰しました(オッサン)。



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「ハタチの青年に怒られた話」

西院のシェアハウスに住み始めてから1年が経とうとしています。
シェアハウスでいつも思い出すのが、「ハタチの青年に怒られた話」です。


僕は、西院の前に、吉田近辺でシェアハウスを探していました。
ハタチの青年A氏と、そのサークルの先輩B氏に、ネットを通じて知り合い、一緒に住める家を探していたのです。

最初、下鴨にとてもいい一軒家がありました。
小さいですが、庭付きで程度のいい戦後町家で、ここなら是非住みたいと思っていました。


(周辺環境)

ところが、不動産屋に探ってもらったところ、オーナーからノーが出ました。


次に、北白川の山沿いにある家がありました。
家賃が安く、中もきれいで広く、もし4人で住めば一人2万円ちょいで住める物件です。


(周辺環境)

僕以外の二人は気に入っているようでした。オーナーOKも出ていました。
でも僕には、少しひっかかる点がありました。
第一に、崖下で暗く、危険な感じもする点。
第二に、築20年ぐらいの普通の家で、おもしろくも何ともない点。


僕は、もっといい物件が見つかるはずだと思っていました。
ただ当時僕は埼玉住まいで、アルコでバイト勤務も続けていた時期だったので、帰らねばなりませんでした。不動産屋を回りまくるという役割を、当時わりと時間があったA氏に任せ、京都を去りました。


A氏は不動産屋巡りのようなことはあまり好きでなかったようですが、いろいろと店を回り、情報をネットで共有してくれました。チャットで打ち合わせを繰り返しました。
でもなかなか満足な物件は出てきません。やっぱり、安くて、間取りがよくて、味のある木造の家がよかったのです。
北白川の物件でいいと思っていたA氏との間で溝ができはじめているのを感じました。

電話で話し、僕がう〜ん…と歯切れの悪い返事をし、気まずい空気が流れていた日の夜、ついにA氏から決別のメールがきました。


曰く、
・申し訳ないけど北さんとのシェアを解消させてもらいたい。

・でも、北さんにとっては誰と住むかより、どんな物件に住むかが大事だったのか。

・こちらが必死で探しているのに、東京でバイトだか何だか知らないが、自分勝手にかまけているのはどういうことか。

・その高圧的なやり方には疑問を感じる。

云々…。


全くもって返す言葉のないメールで、僕は大いに凹み、電話で謝罪を伝えたものの、もう遠い人、のような反応でありました。


そして気がつきました。
皆価値観が違うのだ。
物件に理想を求める僕は、自分一人で物件を探すべきなのだ。

そうして、忸怩たる思いでネットで情報を集め、また時間をつくって京都に行き、朝から無鉄砲に不動産屋を巡りまくり、疲れがたまってきたところで特にあてもなく入った「京都ライフ京都駅前店」で、「こんなんありますけど、期待せんといてください」と僕の前にひらりと差し出された紙に書いてあったのが、
「西院徒歩10分 間取りは11DK」
の文字だったのです。



A氏とぶつかったことは、よかったのだと思います。
年上たる僕に対してキレた、彼の英断に感謝。
それぞれ、納得のいく物件でシェアを始められたわけだし、意見を呑み込んで一緒に住んでも結局ぶつかっていただろうから。
シェア生活のキモだと思います。

物件至上主義の僕の考え方はおそらく少数派で、A氏は至極常識的な人生を歩まれるのではないかと思います。
今頃北白川のあの家で、どんな暮らしをしているのか。一度メールを打ちましたが、やっぱり返事は来ませんでした。

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「建築家」

ここのところ忙しくてブログの更新が止まっていました。

この間に、
仲介バイトの第一次ピーク(入試前後)があったり、
ホームページ(文京本駒込CH)担当させてもらったり、
C根先輩の結婚式の二次会(すんごくよかった)にて出し物をしたり(OKだった)、
東京は木場のカプセル・ホテルで書き始めた論文を今日提出したり、
していました。



東京に行った折、少し時間があったのでセシル・バルモンド展に行きました。
すると、会場の作品をひとつひとつについて、おつきの人5人ぐらいに丁寧に説明する外人男性が。
そう、セシル・バルモンドご本人なのでした。

その熱っぽい語り口、あまりヒアリングできませんでしたが、とにかく、格好よかった。

展示を見ていると彼は、数学、哲学、美、自然、建築、そういったものをフラットに見られる人なんだと感じた。
それでいて自分の理論の軸はしっかり持っていて、実作にまで昇華させる具体性もある。つきつめたものがあると、強さを感じる。



それから、昨日の朝日新聞のGLOBEに載っていた、坂茂。

あの紙の教会は、地元から依頼されたわけでもなんでもなく、坂さん自ら、がれきと化した神戸の街に乗り込んで提案し、断わられては通い詰めて、実現させたものだそうです。
それ以来の被災地建築も、自ら動く。決して人道的意義だけではなく、それを表現手段としていることも自覚しながら、持ち込む。

銀座のスウォッチといい、コンテナの美術館といい、最近の坂さんはすごい。どちらにも、ならではの提案があった。
メッツのポンピドゥーも楽しみです。そういえばメッツはセシルと坂さんの共演か!



つきつめること、行動すること。どちらも、僕にとって伸ばしていきたい要素です。



明日から第二次ピーク(合格発表)があるので、暫らくまた忙しそうです。

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「行政について」

前にも書いた、radさん主催の「Query Cruise vol.2」なるレクチャーイベントの第2回に参加しました。

今回の講師は京都府立大で公共政策学を教えておられる、佐野亘先生。景観を行政や政治の面から議論しようという回です。

ところで、僕は政治というものに全く興味が湧きません。政治家と官僚だけにはなりたくない。何故か?


第一に、スケールオーバーである点。
ものごとを進めるために、適切な集団のスケールがあることはよく指摘されます。政治というものは明らかにオーバーしている。
スケールオーバーになると、決定は遅く、個別判断ができず、問題をズルズルひきずり、目的や方向がずれてくる。
今の国会の2大政党制?はまさにそうでしょう。お互い相手のアラ探しに終始。野党は与党の政策を批判し逆のことを主張するのみ。選挙に勝つことが目的化していて、いい政治をしようという議論は出ない。これが本当に民主主義なのでしょうか?


第二に、理論的でない点。
国会の議論なんか見てると、データが出てこない。出てくるにしても都合のいい稚拙なデータを出すだけ。データの取り方で結果がかわること、データから数理的解析が可能であることなどを踏まえ、その場でデータを検証しながら議論すべきだと思うけど、そんなことはおかまいなしに、抽象的、感情的議論ばかりしている。数字をちゃんと使えば民主党の財源切れも大体わかっていたことでしょう。
そもそも、ほとんど政治をやっている人間は文系の人ですから、データから理論的に考えようとはしないのでしょう。もちろん彼らは政治哲学を語れて、相手を説得する話術に長けて、根性もあるのだと思いますが、理論的に考える点では理系の人間の方が格段に勝っていると思います。また問題は、文系の人間と理系の人間が互いに線をひいているところにもあります。文系の人は数式が出てくると拒否反応を示すし、理系はそれぞれの専門分野から出ないという傾向が一般的にあると思います。


第三に、融通がきかない点。
政治で決めること(法律)は1か0であり、0.6やりましょうという話になかなかならない。水俣病の患者認定の話とか。そして決めたことは例外なく適用することとなり、個別の事情を勘案した判断がやりにくい。
また、倫理道徳を守ることがあまりに重視されすぎる。産む機械と言って辞任させられた人がいましたが、そんな軽口たたいてしまうことは誰でもあるでしょう、辞めることはない(もちろん根っから機械と思っているような人なら問題だが)。年金未納、会計ちょろまかし…まあ悪いには悪いけど、その話ばかりというのはどうでしょう。もっと政策の議論をしてほしい。


国会だけ見ていての感じですが、多かれ少なかれどこの地方議会もそうなんでしょう。大変ですなあ。



さて前置きがだいぶん長くなりました。
レクチャーの頭は、景観政策決定のシミュレーションでした。

京都の景観のために行政にできることを、「高さをそろえる」「屋根の色をそろえる」「古い建物を残す」「緑を増やす」などなど10項目があって、それに優先順位づけします。僕は古い建物を1番、建物の形をそろえるを10番にしました。

それを今度は5人ずつのグループに分かれ、それぞれで優先順位(上3つと下3つ)を決めます。初対面の皆さんと一緒にせーので話し合う、さながら就職活動の「グループディスカッション」。
僕のグループは、皆バラバラの順位づけ。それぞれの意見をまず述べた後、各項目について話したのですが…、もう議論が行ったりきたり。順位づけを決める有効な手立てもなく、3番目が決まらないまま時間切れ。
就職活動なら全員落選という有様でした。


それで終わった後に先生が一言、
「両チームそれぞれに苦労していておもしろかった、でも景観政策を決めるってことは、こういうことをやっているんですよ」

がーん、そうか。
こういう茫漠とした議論、非科学的な推論、(そして実際には各団体の権利調整など)をやるのが行政なのか。自分が実際参加してみて、そういう歯痒い感じにしかできなかったので、身に沁みてわかったのでした。



その後は、景観のような噛み合わないテーマでいかに決定していくかという、佐野先生の板書講義がありました。
この際なので上記疑問点いろいろ聞いてみた。

@1か0であり0.6とかの濃い薄いが言えない点
については、法律というのはカテゴリカルなものであり、程度の問題を扱うのは苦手だ、とのこと。程度の問題は経済学の方が得意だ、と。
そうか、法律は何か切り捨てるところがあってもバシッと決めないと統治できないもんな。僕は濃い薄い論に興味があります。

A行政人がデータを使わない点
については、確かにそうで、まずいんだけど、データを使われたら困る人もいる、とのこと。
極めて政治的でおもしろいけど、つまらないことだなと思いました。


京都の新景観条例は、決めるのにすごく慎重にやってたし、やいのやいの言われていますが、すごいことだなあと思います。きっと京都はかわる。
でも、大庭先生の回で、京都市はビジョンがないという話があった。
それに今回、「よい生活、楽しい生活のためにどうすればいいか。そのひとつの側面が景観」というのが本来の流れのはずだけど、今は景観の目的がよくわからなくなっている、という話があった。景観と言うと問題が立てやすいのだ、と。

うーん、やっぱり景観なんて言葉は要らないなあ。「アート」って言葉と同じような感じだ。とってかわる概念を提示するのは至難なのだけど。



レクチャーの終わった後はざっくばらんなディスカッションになり、いろいろな行政、団体のおもしろい取り組みのことや、町家ってどうなのとか、果てはシェアハウスのこととか、結局また終電でした。
佐野先生がとても気さくな方で、大変楽しい会でした。

景観行政という、否応なく考えないといけない大変なテーマを実感できてよかった。


書きすぎました。読んでおもしろいのかどうかは知りませんすみません。

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「節分祭」

近所の壬生寺で節分祭があったので、覗いてきました。

壬生というと、小さな古い建物がよく残り、地元の人しかいない激シブな街なのですが、この日ばかりは賑わいます。

これがお寺の本堂。こう見てみるとチベットかどこかのようでもあります。



有名な壬生狂言があり、座席を求めてめちゃくちゃ行列ができていました。



でも、横から丸見えですよ〜!



カステーラを買って帰りました。

夜には恵方巻きを食べました。オーナーさんの差し入れです。オーナーさんは本当に仏様のようなおばあちゃんです。

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「景観について」

先日、京都で素敵な建築系イベントを次々発信されているradさん主催の、「Query Cruise vol.2」なるレクチャーイベントに参加しました。15人ぐらいでテーブルを囲んで、自由にディスカッションしながらの講義です。

講師は京大・都市社会工学の大庭哲治先生。先生の研究テーマは「景観に値段をつける」というものです。
「景観というのは、お金に換えられない価値があるんですよォ」と言う人が多い中、それに敢えて値段をつけるというドライな、ある種挑発的ともいえる考え方が新鮮に感じました。

たとえば、京都市民に「町家を保存する基金を運営するため、あなたの世帯で年500円払ってくれますか?」「1,000円なら?」「10,000円なら?」とアンケートをとった。
その結果わかったのが、年額を2,300円ぐらいに設定すれば、京都の人の半分が賛成してくれるらしい。で60万世帯あるから年間14億円。これでは町家は維持できませんね、ということでした。

こういった手法の話をつっこんで聞けて、自分の研究のためにも、非常に勉強になりました。狙いや手法がクリエイティブな研究を見るのはわくわくするのです(そういう研究なかなかない)。

この研究が、開発者のはじく利回り云々の数字や、行政の予算に対抗できる(いやむしろ根拠付けのひとつになる)仕組みになればいいなあと感じます(それに耐えうるような手法の強度が必要になってきます)。


後半は大庭先生がかかわっておられる「新景観政策」(京都の景観創生のための、高さとか看板とかの結構厳しい建築条例)の話になりました。
この景観条例の話はうちの先生もよくされるのですが、結構苦手で、どうにも野暮ったい、「行政チックなあの感じ」を受けてしまうのです。オーバースケールで、最大公約数を話しているような。結局規制しかできないということ。

ディスカッションの中で、「景観よりも生活そのものが重要だ」というような意見があり、僕も全く同感で、今まさに僕が歩いている道、見ている風景、住んでいる家や街、それこそがすべてであり、…それこそが景観なのかもしれない。(いや、「景観」なんていうと上っすべりかもしれない。僕の研究では「様相」と呼んでいる)

景観とはそういう具体的な物事なしでは考えられず、その具体的な、自分の居る環境をよくするためにどれだけ考えるか、はたらきかけるかが大事なことだと思うのですが、そんなことを考えている人はあまりいないわけで…。

ただし当然1200年の年輪があるので、外から介入しようとすると、京都はなかなか手ごわい場所だと感じます。
それで結局行政が大きな網をかけるぐらいしかない。


今僕が進めている、街を歩いて様相を描き出すという方法を、具体性に直面して興味を喚起し、そこを起点に景観をデザインする装置にできればと考えています。

そんなことを考えた日でした。
夜8時に始まった会は白熱し、参加者みんな、ほぼ終電まで話していました。

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「コースデビュー」

はじまりは昨日のこと。某氏の唐突な電話「北君、明日出番やで」により、電撃的にコースデビューがやってきました。

本日朝4時に起き、1時間かけて衣装をコーディネイトした末に出陣、いざ箕面カントリークラブ。


やりはじめるともうガチガチでした。
スコアーについては黙秘しますが、確かなのは、前半9ホールだけで手持ちのボール1ダースをすべて消費したということです。森に棲む鹿、木の上のカラス、池の鯉などに惜しげもなくくれてやりました。フォア〜〜〜。

それからもう、とにかく走りっぱなしです。万歩計によると8キロ近くも。「走る」「打つ」「うなだれる」の繰り返し。ある種のトライアスロンですわ。


とはいえ、楽しかった。次行くときは50ぐらいスコアーを伸ばせそうな気がしています。
第1回橘杯を制覇された、親愛なるC根先輩のスコアーも気になります。

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「誕生日パーティ」

誕生日パーティと言うと随分懐かしい響きですが、我が家では毎度やっています。中でも今回は偶然にも、M嬢、N氏の誕生日が2日続くという、考えようによっちゃおっかないダブルな日。ということで、12日に合同大パーティをやりました。

普通の社会人も夜の仕事の人も学生もいる7人なので予定を合わせるのに難儀しましたが、ピンポイントで揃い、準備は暇人の学生らでやりました。


料理はメインこれ。



ピェンロー鍋と言って、あの妹尾河童(1930〜)が日本に伝えたとされる中国の伝統食。白菜以外の野菜は厳しく除外されるというストイックな鍋ですが、ウマイんです。レシピ


次にこれ。



僕が、3日かけて漬けこみ2時間かけて焼き上げた究極のチャーシュー。ふふふ。当然旨かったです。


そうこうしているうちにプレゼント贈呈会が始まりました。
M嬢は、変な縫いぐるみ、蝶ネクタイ、お菓子盛り合わせ、お菓子詰め合わせなどをもらって喜んでおります。



N氏は漫画、キーホルダー、そして全身コーディネイトされた原色の下着セットなどをもらっていました。

数十分後、N氏がどっかに消えた(また一人で飲みに行ったか?)と思いきや、押入れ階段の中から「エロイダーマン」登場!





笑い泣き叫ぶメンバーを尻目に、一人エロいポーズをとり、写真撮影を強要してきました。それに満足したらマンは去っていき、直後に申し合わせたかのようにN氏が帰ってきましたとさ。


その後はホールケーキを2個食べ、いつの間にかパーティは終了。
折角集まったからと、月1回のミーティングを開始。酒が入ってグダグダ気味のミーティングを終えると、僕はコタツで寝てしまいました。

さすがダブルな日だけあって、過去の誕生日パーティ史上最も沸いた気がします。次は3月の歓送迎会かな。

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「迎春.2010」

皆様あけましておめでとらございます。
本年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。


正月は地元・姫路にてゆっくりと過ごしました。

曙光の姫路城を見上げ、
書写山圓教寺に初参りし、
名店「かな福」でうどんをすすって、
英気を養ってきました。
(なんだかんだで姫路という街は好きらしい)


書写山圓教寺は「西の比叡山」とも呼ばれる播磨の古刹で、幼い時分はよく登りました。久しぶりに行ったけど、とてもいいです。
写真の「摩尼殿」は、焼失後になんと武田五一先生の設計により再建したらしい。卒業設計前に参っておけばよかった。




新年を機に、ブログのカテゴリー分けを若干変更しました。
また、旧年中のブログはここに収めています。