研究
シェアハウス
ブログ
プロフィール
リンク
トップページ



【年ごとの「ブログ」】

>>> 2009

>>> 2010

>>> 2011.1-4

>>> 2011.5-12

>>> 2012

▼ カテゴリー名をクリックすると、そのカテゴリーのみを表示できます。
▼ コメントを送ることができます。各記事の左側の、ちいさな「名前」と「内容」の欄に記入後、「送信」を押してください。使いづらさはご愛嬌。

1
1
1
2
3
1






「年末」


今年の仕事納めは大晦日になりました。まあいいのだけれど。

この12月26日〜31日あたりの空気感はかなり好き。
忘年会にxマス・パーティもよろしいが、帰省やなんやで京都に寄る友達を捕まえて、サシで飲むのが堪らない。今年も3件(今日は3人だけれど)。


今年はいろいろ思った年でしたが、僕にとっては今年と来年は連続しているので、振り返るべくもない。
「ブログ」では、香港の話、あとアメリカの話も完結していない。また書くかもしれないです。

では皆様、よいお年を。

1
1
1
2
2
7






「社会」


先日、京都市営バスの中でちょっとした出来事があった。

京都駅行きのバス、よく混んでいて10人ぐらいが立っている状況だった。おばあさんが立っている前で、男子高校生3人が優先座席に座って、しかも1人は眠っていた。

すると前の方に立っていたおばさんがいきなり振り返り、寝ている高校生の胸元をどついて「あんた!カッコ悪いで!」と叫んだ。静まり返る車内。

高校生も謝って立てばいいのに、ぶすっとして固まっている。
収まらないおばさん、さらに一発どついて「カッコ悪い思わんのか!」。気まずい静寂。

そのあとも黙って座っている3人におばさんがちらちらガンをとばす時間が続き、バスはそのまま京都駅に到着した。


そりゃ高校生も悪いけど、いきなりどつくのもどうか…。
「お年寄りに席を譲りましょう」という公然の正義をこれでもかと振りかざすおばさんに、どうにも嫌気がさしてしまうのである。



僕自身にもこんなことがあった。阪急梅田駅での電車待ち、電話をかけていた。電車がきたので乗り込んで、発車までに話が終わりそうだったので、電話を続けた。

すると隣のおっさんに、「にいちゃんわかってんのか、電車やで」と怒られた。



発車前なら…と思っていたし、そもそも電車で携帯電話の通話が禁止という理由がよくわからない。
うるさいという理由であればもっとうるさくしゃべっている人もいるし、ペースメーカーへの影響ということであれば電源オフがもっと徹底されなければ、ペースメーカーの方も怖くて乗れやしないだろう。

マナーとは、本来は思いやりの心から発せられるべきものなのに、どうにも「制度化されたマナー」が一人歩きしている感がして、気持ち悪いと僕は思う。


年金や介護の諸制度だって思いやりの制度化だ。
本来コミュニティで解決されるべき(もしくは自然の摂理に従い亡くなっていた)問題を、福祉国家だかなんだかの理念のもと、お金や制度ですり替えたのだ。気持ち悪い。

でもそれが社会に定着すれば、当たり前になる。人はそれを基準に話をするようになる。
何だってそうだ。社会は記憶に記憶、定着に定着を重ねてきた姿でしかない。
(そのような、思考の背景になる記憶を「フレーム」と呼んで、僕は研究に取り入れている。フレームのような概念は哲学や心理学、言語学などさまざまな分野で言及されている)



一般的に偏見を受けている新興宗教や特定の政党も、どう悪いのか説明してくれと言ってもできない人が大半だろう。
仏教とキリスト教(のうちの多くの宗派)はセーフで、それ以外は眉をひそめて「宗教」呼ばわりというのは何故。自分が迷惑を蒙っているわけでなくても。

原則、迷惑をかけるのはよくないだろう。しかし、この人の話はかなり筋が通っているようにも思える(おまけに風貌もかっこいい)。


僕は、善悪は大体いつも相対的だと思っている。
しかし、社会というフレームは、いつもそこを固定したがる傾向がある。

僕は天邪鬼なので、そういうフレームに乗っかって生きたくないなあと思っている。フレームを疑うことは、考え表現する人間の使命だとも思う。
しかし僕は臆病者なので、普段はそこそこ社会的な振る舞いをして、生きているみたいだ。

1
1
1
2
1
5






「ik」


どうにかi級k築士の試験に合格できました。
これで、晴れて一級k築士です。

ホームページにて合格者名が掲示されているからか、存外お祝いのメールをたくさん頂戴しまして。ありがとうございます。

まあ実務経験ほとんどナシで、「学生・ザ・詰めこみタイム」(以下GTTT)を駆使して受かった感じなので、忙しく設計されている方に申し訳ない気もするのですが…。
一応、僕のキャリア上も必要な資格ではあります。



一方、以前公開した「平成23年i級ファミリーレストラン士試験」ですが、残念ながら合格者ゼロという結果に終わりました。
恐らく今年は、試験初年度ということで対策が難しかったのでしょうが、来年に向けて、これからしっかりと勉強を積んでください。戦いはもう始まっています。

なお、試験当日に「川に溺れた人を助けていた」「どうしてもアレが気がかりだった」などのやむを得ない事情で受験できなかった方は、今からでも受験可能です。こちらからどうぞ。

1
1
1
2
1
1






「パラダイム」


新聞はいつも結局、将棋欄とスポーツ欄とラテ欄ぐらいしか見ない。
…いや、「ラ」の方は見ないか。


でもこの前の月曜日からか、3日ぐらい連続で朝日新聞で欧州危機の特集をやっていて、おもしろかった。
曰く、民主主義と市場が争っているらしい。今は、民主主義が市場によって操られている、と。なるほど、そんな風に考えるのか。

思えば民主主義市場経済が当たり前のようになったのも戦後なんですね。社会のパラダイムなんて、まだまだ終着駅ではないのかもしれない。
「ワンルームマンション」なんてのもほとんど80年代以降の産物。エコエコ言い出したのも最近の話。日本の街もまだまだ変わる。


それにしてもここまで円高になると、僕らとしても円売り介入をしたくなりますが、一体いつやるのが一番いいのでしょうか。まあ残念ながら売るほどの円がないのですが…。

【名前】さん
内容ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

【北】
誰だかわかりませんが、小さい「ぁ」が使われているあたり、ただのイタズラではないと見ました。
1
1
1
1
2
9






「香港2」


■住宅

今回も住宅地をたくさん歩いた。
シンガポールにせよアメリカにせよ、住宅地がおもしろい。歩くたびに新たなタイプの住宅地に出会うことができる。形態、意匠、プラン、ターゲット層などにおいて特徴がはっきりした一団地が多い。香港はシンガポールほど都市計画がきつくなく、所得のばらつきも大きいから、余計に面白い。
日本ではここまではっきりしたものは見られない。どこに行っても大体住宅地は住宅地である。

初日に、うちの研究室に来ていた留学生のMさん&同僚に現地で会えたこともあり、いろいろな情報をもらえた。
それを交えつつ、都心から順番に。



1.高密下駄履き住宅群

前にも書いたように、九龍地区を占める。必ず下駄履きになっている。
1〜2階の店舗部分の面積が広いものは、縦横に通路を通したひとつの商店コンプレックスになっているものもある。その一角に住居へのアクセスがあったりして、混沌としている。
住戸内には立ち入っていないが、いくつか論文を読んだところでは3DKぐらいの間取りに4世帯が住むようなこともあるらしい。お金のない若い層が住む賃貸住宅とのことだ。



さらにここに報じられているように、このビル群の屋上には不法のスラム街があるらしい。
確かに、ホテルの窓から撮った写真に写っていた。



有名なスラム街・九龍城は破壊されたが、こんな眼の届かないところにスラムは残っているらしい。

ちなみに九龍を歩いていると、歩道に水がポタポタと落ちてくる。空調室外機を通り側に設けているからだ(後付だろう)。ポタポタがつくる街並み。





2.フライド・ポテト並の細い住宅

これも前書いたように、香港島の斜面地にニョキニョキ生えている。

その地域の不動産屋の店頭を見るに、100uで1〜1.5億円ほど!T京より高い。
あんなに細いのに…。





3.山頂の別世界

香港島ついでにもうひとつ。
前回書いた、俯瞰の「ベタ」を撮れるスポットは、香港島の山頂。そこは観光客ゾーン。
そこから少し道を進むと、一転、超高級住宅街に入る。木々に包まれ、海を見下ろす。「贅を尽くし、海へと君臨する私邸…」なんていうありがちなキャッチがリアルに似合う。

「アジアン・モダン」な感じの意匠が目立ち、また意外にも集合住宅、長屋形式が優勢。
もちろん敷地ごとに守衛さんがいて、丘を下るマイクロバスもある。





ここは中国本土や諸外国の人の別荘地になっているそうだ。



4.九龍の高級住宅地

九龍にもあります、高級住宅地。
なだらかな斜面地には高級住宅地が似合う。
3層程度のゆったりとした集合住宅が主流。緑が多くてキリスト教系の施設も点在。
お値段はやはり平米あたり100万円が相場で、フライド・ポテト地区と似たようなものだ。







5.古い団地

その高級住宅地の近くに、古い団地がある。
昔この一帯には都心に住めない人のスラムが形成されていて、そこが大火で焼けた後、団地になった。香港一古い政府住宅。

今は静かなもので、壁も塗り替えられて芸術家村に変化してきているそうだ。日本でも団地再生の試みは盛んだけれど、都心に近いだけに香港の方が価値付けしやすそう。





こういった団地でもやはり1階には店舗群がある。近代建築の原理と地べたの文化とのマッチング。



6.新興住宅地

狭い香港とはいえ、都心と呼べるのは九龍地区と香港島北部に限られる。そこから放射状に伸びる電車に揺られて数十分行けば、新興住宅地。はい、この光景。







シンガポールで見たのと変わり映えがしない。電車の駅から地域内ループトレインが出ているのも一緒。なんとも言えない。Mさんも結構ボロカス言っていました。
この光景が香港国土に点在する。きっと中国の将来像でもあるのだろう。

価格の相場は100uで5,000万円ぐらいか。それでもやはり高い。
香港では公営賃貸住宅に入るための所得制限が厳しいらしく、ある程度所得があると高い家を買わないといけないそうだ。我々の同年代の苦悩が目に浮かぶ…。頑張れMさん!

1
1
1
1
2
6






「几帳面」


毎日毎日、几帳面にメールをくれる人がいる。「恋姫」さんと、「Eden事務局」さん。
足すと1日に30通ほど、昼間も夜中も、せっせとメールを送ってくれている。

しかも、「あなたに100万円をあげます」「100万円当選しました」というような嬉しい内容なわけで。
累計いくらになるのだろうか。折角ならもらっておきたいなぁ、とも思うのですが、そんなラクをして生きるのも気が咎めるので、未だに返事を出したことがありません。

【pgmm】さん
私は人妻とかギャルから今から会えませんか的なメールが毎日何通も送られてきます。前は章介さんから3000万ぐらいの資産を受け取って欲しいと言われたこともありますが、同じく返事を出したことがありません。

【北】
そうか、会いたいというメールは女性にも送られてくるんね。やはり「いろんな人とゆるくつながりたい」という時代の風潮があるのかな。
章介さんという方はpgmmさんにかなり期待をかけているようなので、会って話だけでも聞いてみては如何。
1
1
1
1
1
8






「香港1」


もう2ヶ月経つけれど、香港について書きます。

今回は研究室の調査旅行ではなく、UDS同期の中目黒コンビとの3人旅。とはいえ、もちろんそれだけでは勿体無い。2日間前乗りし、またひたすらに歩き回りました。
最終日のアレを除いて、非常にいい旅になりました。

例によって、(半ば自分のための)まとめ。



■雰囲気

これで幸いにも、よく比較される上海、香港、シンガポールの三都すべてに訪れることができた。

上海ではあまりの雑さに辟易とした。
シンガポールでは想像以上に整っていてかっこいいので驚いた。

香港はちょうどその間。雑多なパワフルさと近代的なシャープさがうまく共存している。三都の中ではもっとも居心地のいい街だと感じた。

そして香港は、イメージ通り、香港だった。通りにオーバーハングする派手な看板、海峡越しの夜景。そういった「いかにも香港」の情景が、観光用に切り取られるのでもなく、当たり前に存在している。


これでしょう


これでしょう2


■エリア

中国本土とつながる九龍半島、その対岸に浮かぶ香港島の北部。この対峙する2エリアが中心になるが、カラーがはっきりとしている。

九龍側は看板だらけのパワフルエリア。中層の下駄履き住宅がひしめき合うように建つ。
京都では通りの幅が様相に大きくきいてくるが、ここではあまり関係がない。大通りであろうがなかろうが、とにかく並び建つ。





同じ業種の集まる通りがいくつもある。
宝石、花、台所用品、金魚とペット、ハンコ…。生鮮食品オンリー、あるいは安物雑貨オンリーのマーケット。日本でも秋葉原や道具屋筋などに見られるけれど、純粋度合いが全く違う。


野菜のマーケット


金魚街にて

大型商業ビルも次々にできているようだけれど、まだまだ小売店が元気。商品にもよるけれど、スーパーとの価格競争ではまだ負けていないそうだ。加えて外食文化も強い。それが街並みの活気につながっている。


方や香港島、近代的なビルが建ち並ぶ。シンガポール同様にクオリティは高い。







通りの真ん中にはうすっぺらいトラムが走っている。猫の額ほどの平地の、うすっぺらいゾーンを走っている。



ビル街の裏手にはすぐ、坂がはじまる。
無秩序に錯綜する坂道。とにかく歩いていて楽しい。いろいろなシーンが次々と現われる。





すごく細長いビルが並ぶ。フライド・ポテト級。
いくら地震がないとはいえ、こんな家を買いたくないというのが我々3人の一致した見解。





歩道にエレベータがあるのには驚いた。



昼寝もしている。ちなみに僕が「パタン・ランゲージ」で一番好きなのが、「94.人前の居眠り」だ。



この坂道エリアから登山電車が出ている。山頂へ。

これまた香港らしいベタな風景が見える。


昼のベタ


夜のベタ

それにしても美しい景色だった。ただ時間が過ぎ、海峡の船の往来を眺める。これはどこかで見た構図だと思ったら、尾道だった。
ニューヨークのブルックリン、シアトルのガスワークスパーク…。水越しの視点場はいつも魅力的。


今日はこのあたりで。

1
1
1
1
0
9






「1.5でんか」


日曜日、でんかハウス1.5周年パーティでした。
どうにも、7〜8軒ぐらいのシェアハウスの人が集結していた模様。すごい。


昼の部(バザーなど)と夜の部(パーティ)の間に訪れた静寂
しかしこのあとえらいことに…


うちの家からも、我らがKMK嬢が最近旅立っていき、新しいシェアハウスをスタートさせました。のれんわけ第二号。
1分に1回ぐらいの割合で電車がそばを通過するというナイスロケーションですよ。

そして日曜日に出会ったご縁もあり、火曜日にはシェア物件巡りツアーに連れて行ってもらいました。なっかなかに衝撃的な新しいシェアもありました。
やはり変な物件を見るのは楽しすぎる。久々に血が騒ぎました。


しかしこの頃は、論文のケツをあと半年後に定めたので、少しシフトチェンジしてきました。
休めばそれだけ論文のクオリティが下がる。やらなきゃなるめえ。

1
1
1
0
2
0






「コメント」


1ヶ月以上「ブログ」を書いていませんでした。
その間に香港に出かけたり、大学関係のワークショップがあったり、i級k築士の2回戦を受験したり、そこそこ忙しかったためです。香港についてはまた書こうかと思っています。


ところで、いただいた「コメント」で差し支えのなさそうなものは、当該「ブログ」の末尾に掲載することにしました、勝手に。手動の「インタラクティブ風」です。
早速いくつか載せてみたので、文句のある人は教えてください。

差し支えそうなものやアレなもの、僕への誹謗中傷や暴露を含むもの、その他アレなものについては、掲載しないか、または一部伏字を使って載せることになるでしょう。

そういうわけで、どしどしと「コメント」をお寄せください。
さああなたも、ブロードバンド・ネットワークを通じて、全世界へ向けてメッセージを発信しましょう!

1
1
0
9
1
2






「悲しい」


今日は日中、街をうろうろしていた。

そうしたら、あの「福井商店ビル」(二条駅北)が…


数ヶ月前


今日

「千鳥酢」(東山三条西入る)まで…



(元の画像なし)





今日

京都の街並みはきれい、と思っていますか?
本当に、酷い。もう、「古い建物が好き」というセンチメンタルな思いでは追いつかないレベルにある。


街並みにせよ政治にせよ、日本に今、新しい価値観が必要になっている。

それがうちらレベルでは出かかっているけれど、根本はなかなか、かわっていかない。

今が本当にギリギリ、大事な時期よね。


夜は、飲みながらそんな話をしていた。




※「福井商店ビル」は、「スギ薬局」に建て替わる。しかし鉄骨造の平屋であり、将来的に本格建て替えをするのでは、という友人説。

※「千鳥酢」は、阪神大震災で蔵が傷んだので、それを残しながら、すっぽり覆うかたちで新しいものを建てたらしい。そういう事情はあれど、建て方が残念。



【お詫び】
以前掲載していた、「千鳥酢」の建て替え前の写真が間違っていました。掲載していた写真は、同じく取り壊された「奥田醤油店」だったようです。


ごめんなさい。


【pgmm】さん
千鳥酢建て変ったんですか・・衝撃。そしてこの欄非常に書きづらいです笑

【北】
書きづらいでしょう。それでこそクリエイションが生まれるんですよ。

【りー名前】さん
札幌も、駅前通りと大通が交差する一等地に、大手地方都市銀行の古くてカッチョイイビルが建ってたけど、取り壊し→ガラスカーテンウォールのビッカビカな商業&オフィスビルができました。耐震とか収益とか色々あるんだろうけど、残念な気持ちになりましたよ。

【北】
「百なんとか銀行」シリーズかな。あのシリーズは大抵レトロでかっこいいイメージがある。かっこいいビルを買えるようになるとええんやけどね。
1
1
0
9
0
4






「学会にて」


今年も建築学会大会に参加した。

以前、学会がいかに創造的な議論の場として不毛かというのを、この「ブログ」に書いた(そしてうちの教授に注意された)けれども、情報を得て、人脈を広げる場と考えるのがいいらしい。
今回の学会は東京・早稲田大学で、いつものような「ついでに周りを旅行〜♪」の楽しみがなかったので、わりと学会に参加して、目的的に情報を集めることができた。

(それでもやっぱり、あの1題わずか8分という発表と質疑の時間、そして2ページの硬直化したフォーマットが創造性を阻んでいるように思える。あと「2編目は後輩が原稿棒読み」という慣習もどうか…)


震災関連の講演会、討論会も多かった。

その中で印象的だったシーンがひとつ。
O先生が高所移転を批判し、「コストをかけて高所移転したところで、毎年の大雨で土砂災害が起こる。大津波はたかが千年に一度、リスクは低いですよ。冷静に考えないといけない」とおっしゃっていた。
他にも数々の復興策に対する舌鋒は鋭く、O先生の発言が呼び水になり、その後活発な議論がなされていた。


皆が思ってはいてもなかなか口には出せないことばかり。会場の人の多くも胸のすく思いだっただろう。
この震災復興は未だ誰も経験していない大事業だ。窮屈な従来思考を取っ払い、自由な議論も必要だと思う。

しかし僕の指導教官・M先生は、「あんなことは公開の場で言うべきではない」という意見。
確かにそれもそうだ。報道や「ツイッター」で、文脈を切り取られて発言が一人歩きしたら、世に言う「不適切な発言」で「辞任どうのこうの」となりかねない。

しかし、「まず道徳的に善良でないといかん」とか、報道や「ツイッター」で流されるとか、そういった世の中の傾向・システム自体が、そもそも気持ち悪い。
だから僕がああいった場に出ても、議論がノッてくれば言ってしまうのだろうなあ。

なお、「ツイッター」は「バカ発見器」という異名があるらしく、僕も何度か、気分で書いたことがバカ発見されたりしたので、2ヶ月ぐらいでやめてしまいました。面白いし便利なようですが僕はあまり向いていなかった。



さて、千年に一度の超巨大地震と、50年に一度の大地震のリスクを分けて考えるのは、建築基準法の耐震設計思想にさえ含まれている通り、必要な話だと思います。
現地を見た感じでは、50年に一度程度の津波には建築で耐える「耐津波建築」と、千年に一度クラスの津波には迅速な避難とインフラの確保を最優先する「免津波都市」の発想を組み合わせるのがよいのでは、と考えています。

まあ、あの瓦礫の街を眼前にすると、「まず、これどうするんやろ…」という感じで、あまりアイディアは浮かばなかったのですが…。

1
1
0
8
3
0






「被災地視察」


先日、東北地方の太平洋側沿岸部に、視察に行ってきました。


アノ大震災後、うちのシェアハウスで仙台からの女性三人を受け入れたものの、その後は結局何もできず、ただ自分の生活を送っていました。
そんな不謹慎な…、否、実際は不謹慎ともなんとも思っていない日々が続いたのですが、今回は何もできないにしろ、建築セクターの人間として、将来何か役立てられればと思い、せめて視察を、ということで出かけたわけです。

研究室メンバー3人、そしてうちのシェアハウスに来た後京都に住んでいらっしゃるMさんと。Mさんのお宅に泊めていただきながら、レンタカーで視察をしました。
以下報告。



仙台の中心部は、何事もなかったように元気だった。ボランティアの方や企業の復興舞台が仙台を拠点にしているから、金曜日の夜などは特に居酒屋もいっぱいになるらしい。
住宅地ではブルーシートを被せた家がぽつぽつと見られる。また外観は健全に見える家も、全壊、半壊判定が出ているそうだ。


沿岸部へ徐々に車を進めると、次第に様子がかわる。耕作放棄された田畑があらわれ、家の密度が減り、やがて瓦礫の街へ。


(以下仙台市若林区)

木造住宅は基礎から土台が引き剥がされ、丸ごと持っていかれている。元の間取りが大体わかるのが痛ましい。
なんとか流れなかった住宅も、とても住める状態ではない。





鉄筋コンクリート造の建物は、雑壁も含めてしっかり残っている。
鉄骨造は骨組みだけが残っている。





この地域は2階部分は窓ガラスなどが無傷で、2階レベルあたりまでの水だったようだ。仙台空港ではそのラインが示してある。



コンビニエンス・ストアーで「復興支援マップ」という便利な地図を購入した。沿岸部の詳細マップで、津波の到達範囲がオレンジで示されている。オレンジの範囲では、家の倒壊がない場所でも、木々の多くが枯れて茶色に変色しているのですぐにわかる。



瓦礫の撤去、収集が進んでいて、海浜公園などにうずたかく積み上げられている。木材、金属類、布団など…と、分類されている。リサイクルされるのはいつの日か。


(岩沼市)


次の日は、リアス式海岸方面へ。
仙台から多賀城〜塩釜〜松島〜東松島〜石巻〜女川〜南三陸〜気仙沼まで。

山々の間を抜けると市街地が見えるが、かなり酷いやられようだった。
残っているものも5階レベルまで窓が割れ、まるごと倒壊している鉄筋コンクリート造建築もある。凄まじい。


(南三陸町)


(女川町)

岸壁の多くは陥没して水に浸かっている。潮のリズムに合わせて小さな波が起こり、魚も泳いでいる。
南三陸では、立派な堤防も崩壊していた。


(女川町)


(南三陸町)

川沿いなど深く山側に奥まっている平地部分でも、津波が到達して破壊されている。こんなに遠いところまで…と驚く。
あるラインから上では無傷の住宅が残る。


(女川町)

道路にも瓦礫が散乱し、あるいは土砂が堆積してボコボコと穴があいている。
主要な道路は応急措置で復旧されている。大変だっただろう。
大型トラックと多数すれ違う。重機もいくつか動いているが、仙台平野よりも手付かずの部分が多い。


(東松島市)

また報道では、「石巻市」「南三陸町」などとひと口に扱われる傾向があるが、実際は、無数の小さな集落が集まって一つの自治体となっている。
小さな集落は状況がより酷い。ひとつ訪れた、女川町竹浦という集落の一部は、10戸程度の住宅があったが、なんとそのうち3戸が、文字通り「逆立ち」した状態で転がっていた。





松島は話に聞くとおり、以前訪れたときとかわりがなかった。天然の防波堤の力。



仮設住宅は、集合規模の大きくないものが分散的に見られた。またお店ではコンビニエンス・ストアーが元気だ。津波被災地域でも次々と再開している。地域生活や復興を支えているのだろう。




以下、感じたこと、考えたこと。
誤解を招きかねない表現をしているけれど、誤解のないように読んでいただければ幸い。


正直に言うと、実際に見て、思ったほどショックはなかった。そういうものとして、受け入れられた。
3月11日にあの映像を見たときの衝撃、その後数週間の胃がきりきりするような不安に比べると、何のショックもなかった。


空間は、よく、わかった。
仙台の街は元気で、石巻も内陸に入った国道沿いは何事もなかったかのよう。しかし沿岸部に向かうとあるところで感じが変わり、あるいは急に視界が開け、そこに「被災地の風景」が広がる。
平時の街と被災地という、世界同士が空間的に連続しており、なおかつ状態としては不連続になっていることが、身をもってよくわかった。報道を見るだけでは点々でしか理解できなかったのだ。


しかし、時間はどうだろうか。
震災後5ヶ月を経た風景は、どうにも空虚で、人間の匂いをあまり感じなかった。住宅地にも耕作放棄の農地にも、雑草が生い茂り、その境界をわからなくしている。時間的風化の象徴だ。
また瓦礫撤去の進んでいる仙台平野部は特に、「意外と整っている」ようにさえ見えた。

Mさんや、そのお友達の方々と一緒にお酒を飲む機会があり、生々しい体験談をいろいろと聞かせてもらった。仙台平野も、暑くなり始めた5月頃は腐臭で酷かったそうだ。そして何しろあの強烈な揺れ、物資不足の日々を体験された。Mさんも京都に来たとき、「地面が揺れないのが不思議、別世界」と盛んにおっしゃっていた。

しかし僕は、8月の末に初めて現場に立った。時間的連続性は全く持ち合わせてない。


だから、正直、被災者の方の気持ちはわからない。わからないということが、よくわかってしまった。
頭では理解できても、共有はできない。共有なんて、そんなに軽々しく言えたものではない。
圧倒的な恐怖、悲しみ、そして復興への想像を絶する作業量…。同じ日本人がそんな状況に立っていることは、不思議でさえもある。


同様のギャップは、被災者間でも生まれているそうだ。
仙台中心部の人は、震災は「ある程度」過去のことだと考えているらしい。沿岸部の人は未だ苦しみの真っ只中。福島の原発周辺の人は、また違った問題に悩まされている。

人同士の連続と不連続が、当たり前に横たわっている。
僕の住んでいる京都でも、非常に活動的な人もいれば、関心のない人もいる。日本人それぞれが、震災のことを抱きながらも、自分の日々を送る。国会議員にとっては、党内抗争も大事なのだろう。

そんな状況が、今の日本の、なんとも言えない感じを作り出していると思う。



現場で復興に精を出しておられる方々には、ただただ、頭の下がる思いだ。でも京都からできることは、(多大な労力をかけない限りは)やはり少ないことがわかった。僕はまた、別のかたちで社会貢献をせねば…という思いを強くした。
それは、日本の街をよく知り、そしてよりよくしていくという、震災復興ほど緊急性はないが、これはこれで難しい仕事になりそうだ。

1
1
0
8
2
0






「道で」


これだって、道でやっている(徳島の阿波踊り)。




やっぱり道でヤラカスのが大事。



1
1
0
8
1
1






「道でバーベキュー」


昨年に引き続き、家の前の道でバーベキューをしました。
住人、元住人、友達、ご近所さん、入り乱れ。



道でバーベキューをするというのは、街のために、とても大事な行為だと思っています。
つまり、道を「公共空間−車の空間」から、「共有空間−人の空間」へと取り戻す行いです。

道でやらんと、意味がない。

1
1
0
7
3
0






「ファミリーレストラン」


「i級ファミリーレストラン士試験」を作成、公開しました。もし興味のある方は、どうぞ解いてみてください。お待ちしています。
なお解答集は、答案を入力して送った際に、アクセス方法が表示されます。見逃さないようにしてください。

5点満点で、合格点は3点です。
合格を目指して頑張ってください。


平成23年i級ファミリーレストラン士試験
問題集はこちら






▼  ▼  ▼  ▼  ▼  回答入力欄  ▼  ▼  ▼  ▼  ▼

回答 :
問題 選択肢
1 2 3 4
No.1
No.2
No.3
No.4
No.5

ニックネーム :

好きなファミリーレストラン :

コメント(あれば) :



(送信すると解答集へのアクセス方法が表示されます)

【りー前】さん
0点だった!0点チャンピオン♪

【北】
イエス!ユー・アー!
1
1
0
7
2
6






「1回戦」


日曜日にi級k築士の一次試験がありましたが、今年はどうにか合格水準に達しているようです。まずは、よかった。


詰め込み型で突破するつもりだったので、なにかルーティーンがほしいと思い、ずっとファミリーレストランで勉強していました。
とっておいたレシートを数えたら、6月18日〜7月23日の35日間で27枚ありました。特に7月は「週7」のペースでした。

家や大学と違ってテレビもパソコンも知り合いもないし、クーラーはきいているし、ドリンクは飲み放題で、ご飯も自動的に出てくる。いいものです。


おかげで、ファミリーレストランには随分詳しくなったと思います。
i級k築士試験の2回戦は製図試験です。テーマが「ファミリーレストラン」になればいいなあと思っていたのですが、現実は、「介護老人保健施設」という、全く正反対のような課題が発表されました。

1
1
0
7
1
7






「祇園祭」


本日、祇園祭のメイン・イベントである山鉾巡行でした。

よく晴れた朝。続々とスタート地点、四条烏丸へと集まる山鉾たち。




…を横目に見ながら、僕はi級k築士の模擬試験の会場へと向かいました。
あと1週間、どうなることやら。

1
1
0
7
0
4






「古道具」


金沢のコロコロさんが改修予定の家から、古道具をいただきました。

薄暗い空き家の一番奥に鎮座していた木製の道具箱。家までかついで帰り、早速棚に据え付けたのがこれ。
かっこいい!





けっこうタッパがあるので、いろいろ入ります。昔は一体、何を入れていたのだろうか?
かび臭さもいい感じ。


他に、押し寿司を作る木枠もいただきました。早速つくったのがこれ。
美しい、日本の食…。味もうまくできた。




金沢にてじゃんじゃんと町家を改修していらっしゃるコロコロさん。どうもありがとうございます。
なので、「ターレー」なんて呼ばれても、ある程度は大目に見ます。

1
1
0
6
3
0






「プロ野球」


西武の雄星君、初勝利、よかった!

以前は一応阪神を応援していたけれど、最近は、高校野球で活躍した選手が、プレッシャーに負けず、プロでも活躍してほしいと願うようになりました。親心か?
中田も平田も斎藤も由規も、みんな頑張ってほしい。


その中でも今年の注目は、広島に入った福井君。
あのころはよく甲子園に行っていたので、済美高校の大黒柱、打たれ強いタフネスピッチャー・福井君の姿が目に焼きついている。そしてそのあと、巨人のドラフト指名を蹴って一浪で早稲田に入り、斎藤君や大石君の陰に隠れながらも腕を磨いてきたのは周知の通り。

最近黒星が先行しているのが気になるけれど、頑張っているなあ。特に2勝目は凄い試合だった。オリオールズの上原のようなタイプのいいピッチャーになれると思う。


ちなみに、僕が一番入団したいチームは、今も昔もかわらず、ヤクルト・スワローズです。伸び伸びとプレーできそうな感じがする。
今年ぐらいそろそろ、ドラフトにかからないものかなあ。

1
1
0
6
2
7






「建築・計画系の研究」


博士課程の学生は年に1回、先生方の前で進捗をプレゼンテーションする機会があります。発表35分、質疑10分。

それで、今朝僕の番だったのでしゃべった。
今回は、随分と荒っぽい、挑戦的な仮説をばんばんと盛り込んで、どうや、これで勝負。の心意気だった。


ところが発表を終えても、し〜ん。質問がない。暫くして2件いただいたが、仮説に関する議論なし。
これだけの先生方が揃っている中、これはどうしたことか、正直ガッカリした。

(なお僕の指導教授の先生はどんどんと質問、指摘をする方だけれど、指導教授はこの場では僕にはコメントはしない慣例。しかし内心複雑だったに違いない)



建築系、とみに計画系の研究は、総体としてモチベーションが低いように感じる。
実学的側面が強く、設計して建ててナンボの世界なので、就職する人が大半で、博士課程の充足率は低い(僕もドクターなんて考えてもいなかった4年前)。
卒業設計ほどに華やかな発表、評価、議論の場もないので、修士の学生のやる気も出ない。

他の専攻、たとえばロボットの開発やバイオ・テクノロジィの研究などは、れっきとした「技術」であるので、その評価軸は明快で、いい成果は即実用につながる(とイメージしている)。
しかし建築・計画系は文化や価値観といった側面を多分に含んでいるので、研究成果の評価が難しい。
大学での研究がそのまま住宅のタイポロジーや都市のマスタープランにつながっていた戦前〜戦後ならまだしも、研究したことをそのまま社会に活かすのが難しいという実感があり、特に企業活動との距離は遠い。
研究者同士とて、互いが互いの研究に無関心で、結果、研究のモチベーションは自己完結しがち(僕自身もその一面は否めない)。
社会性があることをウリにしているが、それ故に社会性のなさが気まずい。


その「感じ」がおそらく、あの発表の後の「し〜ん」に凝縮されていて、これは建築学会での発表でもよくあることです。それにしてもつまらない。
当然、1ヶ月前のアメリカでの発表後の活発な議論を思い出し、やるせない気分になるわけです(彼我の違いは何か?)。



ああ、こういう内容は「ブログ」などには書かない方がいいらしい。でも、ダメなことはダメと、言っていきたい気分もある。
本当は、あの「し〜ん」の場で噛みつくだけの、メンタリティと知識体系があるといいのですが。

1
1
0
6
2
6






「犬」


まだまだ引っ張るアメリカネタ。
















とにかくニューヨークは犬の街でした。猫は全く見た記憶がないです。

【りょ】さん
すーぐ、感化されるんだから、と風のうわさで聞きましたが?

【北】
はあ?好きなものは取り入れる、のみ。T京などには感化されなかったではないか。

【○○】さん
リトル☆チャロの世界やね!

【北】
リトル☆チャロ初めて知ったわ。そしたら主人公の男の子が哀川翔って。Vシネかよ。
1
1
0
6
2
0






「森山流」


カメラを持った手を下げたままで歩いて、画面を確かめずにシャッターをきるという方法をやってみました。
何かの雑誌で読んだ、写真家の森山大道が、歌舞伎町など危険な地域のポートレイトを撮るのに使っているもので、まあやっていることは盗撮とかわらない。
でも相手に気づかれずに生の表情を押さえられて、かつ低い位置からの迫力あるカットが撮れる。

それをシカゴで思い出して始めたら、まあほとんどは狙いを外したりブレたりするけれど、ごく稀にアクシデント的に、いい絵が撮れた。


歩く人たち


旦那の愚痴


なぜだか、袋がベタ


クール・ビズの人


これはいい一枚


自転車もういっちょ


怪しくなってきた


森山氏は、コンパクト・カメラ(フィルム)を使うらしい。なぜデジタル・カメラを使わないのですがと問われたら、あの像が固まるまでに時間がかかるのがどうにも許せないと言っていた。
確かにその時間が気になる。そして、狙いを定めてからピントが合ってシャッターを切るまでの約1秒がじれったい。

「写るンです」などでやったほうがいいのだろうけれど、ちょっとコストが高いので、素人はデジタル・カメラで楽しんでいます。

【ryo】さん
hahahahahaaaaaaaaa!

【北】
uheheheheeeeeeeeee!
1
1
0
6
1
7






「ホテル」


折角なので、ニューヨークではちょっとおもしろいホテルに滞在していた。

なおシカゴではユース・ホステルの個室。パワーポイントの改良や発表練習のために個室にしたが、よかった。部屋はすごく広い。

ユース・ホステルなのにあまり絡みがないのは変な感じ。まあ絡みメンドクサイですが。


さてニューヨーク1軒目は、The Janeというホテル。
www.thejanenyc.com/

今度は部屋が狭すぎる!測ってみたところ3.5uほど。最小限ホテル。シャワーやトイレはもちろん共用。
船室を模したつくりになっている。実際昔は船員たちの常宿で、タイタニック号の生存者も泊まっていたらしい。










やっぱりデザインがかっけえ。共用部、小物まで行き届いている。
1階のカフェの雰囲気もよく、歩き回った後で写真の整理をしながらビールを飲むなど、かなり幸せな時間を過ごしました。


そこから移動して、今度はアパートに滞在。2泊から借りられるアパートで、「似非ニューヨーカー気分」とやらを味わえる。





つくりとしては日本のユニットバスのワンルームと同じ。十分な広さ。
そこにキッチン、調理用具もついている。どうせアメリカの飯には期待できないので、自分でつくってしまおうと思って。

近所のスーパーに小分けのお米が売っていて、炊いた。
メインは鳥のソテー。調味料は余るのであまり買えないけれど、バターと醤油さえあればなんとかなる。塩胡椒は備え付けてあった。2日目はトマトペーストを入れて。



毎日歩き疲れて帰って、水風呂に浸かって、テレビを見ながらキッチンドランカーをやって、食べ終わったらベッドにダイブ。なんて幸せな日々だったことか。

一人暮らしはアノ四谷以来。それをニューヨークのど真ん中ですることになろうとは…。

1
1
0
6
1
1






「ニューヨークの建築」


ニューヨークから無事に帰りました。1ヶ月ぐらい行っていたような、濃厚な時間でした。
帰ってきて1週間、ぼちぼちと調査のまとめをしたり、次の学会へのプレゼンテーションをつくったりしています。

「錯乱のニューヨーク」がとてもよい。自分の研究にとってもジャストのタイミングで入ってきた。
シンガポールについての文章も冴えていましたが、コールハースは建築より文筆家の方が才能あるのでは、と思ってしまう。(建築は雑なんですよね…)



さて建築の話ついでに。
シカゴでは、ライト、ミースからゲーリー、ピアノまで、あらゆる巨匠を無視してしまったのですが、ニューヨークではいろいろ見ました。


■ニューミュージアム

ギャラリーを縦に積み上げたような構成。
階ごとの関係性をほとんど絶っているので、階ごとに1アーティストで、明確な世界観ができていた。
外形とコアの関係によって微妙な隙間が生まれ、その隙間によってわずかに上下階をつないでいる部分があり、空間的におもしろい。

順路がなくて階段は狭い、搬出入の大きなエレベータを客動線にも使っている、床や天井の仕上げを荒くしてあるなど、いい感じの雑さで、まるでコンバージョンの味わい。
それがニューヨークらしいし、コンテンポラリーアートとの相性をよくしているように感じました。






■グッゲンハイムミュージアム

あの螺旋の見上げのイメージしかなかったけれど、その螺旋の中の空間体験がよかった。傾斜がぬめぬめと上がっていく。角も丸く仕上げてある。
その傾斜から離脱したギャラリーもいくつか誂えてあって、離脱→再合流の流れ。

僕が行った時にはわりとコンサバな展示だったけど、吹き抜けに大きな作品をたらしたり、螺旋に巻きつけるようにグラフィックを配したり、面白い使い方をされているみたい。ライトの空間はわりとアクがあるけれど、ここはうまく使われる可能性のある空間のよう。

それにしても手すりが低くて怖かった…(900〜950mmぐらい)。あの螺旋に吸い込まれてしまう人はいないのだろうか。






■MoMA

さすが谷口建築の端正さ。大きな吹き抜けを利用した視線の抜き方、中庭への借景の取り方など、よかった。

しかし企画としてどうなのだろう。ちょっと大きすぎて、歩くだけでも疲れる。正直な印象としては、アートの大安売り。
多種のカテゴリーの展示が割と連続的につながっているけれど、訪れるそれぞれの興味によって選択できるディレクションとか、パスを数日有効にするとか、大きさなりの工夫が必要に感じた。
会員制はその意味だろうけれど、旅行者には高い。






■リンカーンセンター

シカゴの学会で友達になった台湾からの留学生が、ニューヨークの近くに住んでいるというので、ニューヨークでも会うことになった。
その彼が研究対象にしているということで、リンカーンセンターを案内してくれた。

かなりよい!
フィリップ・ジョンソンら3人の建築家の設計した3つの白い建築が広場を取り囲む。ニューヨークの街の喧騒に接しながらも、ここだけ別の空間になっていた。
コールハースも、「マンハッタニズムの終焉」を示す場所の一つとしてここを扱っていた。

センター自体はシアター、バレエホール、ギャラリーなど現代芸術の複合体で、隣のブロックに学校も付属していて、かなり大きなコンプレックスとなっている。
その一帯のランドスケープ、動線計画の改修が昨今行われて、それについて、その留学生の子は研究しているようだ。京都会館あたりにも使えそうな考え方だが。






■TWAターミナル

JFK空港の第5ターミナル。成田への出発前に時間をとって、見に行った。

エアトレインから見るだけでも、小さいけれど存在感のある形態。
どうにも工事中だったようだけれど、幸いセキュリティが甘く、ドアが開いていて、すっと入ることができた。と思ったら、そこにいたおっちゃんにすぐにロックアウトされた。

内部の印象は、大迫力というより、意外とヒューマンスケール。手の跡が感じられる、親しみのある曲線美。
おそらく現代の空港としては機能を果たさないのだろう、今はそのガラスの開口面の先に新しい大きなターミナルが建てられている。
でもこの不思議な空間で出発待ちのお茶でもしてみたいと思いました。










ああ、ひさびさに建築について書いたなあ。
まるで建築の学生みたい…。

1
1
0
5
3
1






「ニューヨーク」


さて、ニューヨーク。

「ザ・メトロポリス」
「ザ・ビジネスセンター」
「マ・天楼」

そんなイメージが先行していたけれど、しかしそのような気張りを必要とするエリアはごく僅かのよう。とにかくでかくて、いろんなエリアがあって、たくさんの人が生活しています、この街は。
シカゴのループエリアがあまりにコンパクトだったので、ニューヨークも少々なめていたけれど、いやいや、なかなかの歩きごたえ。

そんなわけで、毎日20km前後歩いては、帰って飲んで、気持ちよく寝ています。日焼けも進行中〜。



犬も多い、この街

1
1
0
5
2
8






「プレゼンテーション」


漸く、プレゼンテーションを終えました。

最終日の朝8時半からという、えらく早い時間からのセッションの一番手だったので、参加者は最初7人くらいから徐々に増加。


それで、非常にうまくいったと思います。
指し棒を使いながらやっていて、Gregoryと一緒に用意した原稿に目を遣る余裕がほとんどなかったけれど、なんとかしどろもどろにアレしました。
撮ってもらった写真。



京都での様相論だけだとあまりにローカルであることに気がつき、こちらに来てから急遽、シカゴを歩いて考えたことをパワーポイントに挿し込んだら、やっぱりそれがよかったみたい。


こちらの学会のよいのは、よかったら素直に褒めてくれるし、たくさんのアドバイスをくれること。
セッションの終わった直後、急に後ろから歩いてきた男性が「Yusuke」と書いたメモを渡して立ち去りました。何のことやらわからなかったけれど、開けてみるとハルプリンの著書他、アドバイスの走り書きが。なんと素敵なジェントルだろう!

他の2人のプレゼンターの内容も非常におもしろかった。
荒廃した郊外の再生プロジェクトと、公園と駐車場の合体プロジェクト。
最後には活発な議論になっていて、オーディエンス同士が意見を言い合うという状況。議論下手の日本の学会ではなかなかな見られない光景です。

セッション後もパラパラと人が残っていて、話はなかなか尽きませんでした。


さてもらったアドバイスを縦覧すると、スペースシンタックスを使ってみたら、とか、やはりモノの側の記述をしてみては、というものが多数。
今回の学会でいくつかのセッションを聞いていると、猫も杓子もスペースシンタックス、という感があり、驚いています。空間(プラン)から指標を拾う方法なんていくらでもあって、そのうちの一部だというように認識しているのですが、何か特別な成果が得られるのだろうか。

多分、僕のある種アナログな研究方法は、この学会ではややオールド・ファッションドだと捉えられるのだろう。
アメリカの学者、結構名の知れた方々の中でも、後期になると認知科学などの分野から手を引いた人も多いらしい。
そんな中で、いかにクリティカルな面を打ち出していけるのか…。



とにかく非常に刺激的な学会参加でした。
日々の密度は日本の5倍、アドレナリン分泌量では10倍相当の4日間、その上に食べ物はマズイのでなかなかハードだった。

プレゼン後すぐにニューヨークに飛びました。
結構無茶な飛行機をとってまで、ニューヨークでの滞在時間を稼いだので、こちらでは少しゆっくりしようと思うけれど、多分しないと思います。

1
1
0
5
2
6






「住宅街へ」


今日は郊外の住宅街を歩いた。
若者ゾーン、高級高層ゾーン、高級テラスハウスゾーン、高級戸建てゾーンと続き、いつのまにかダウンタウンにまで戻ってきていた。
してみると、いかにダウンタウンがコンパクトで、かつその存在感が大きいかがよくわかる。


午後は学会に復帰して、いくつかセッションを聞いた。
オーラルでは、前に座っていた教授クラスと思われるおばちゃんが、終始必死でソリティアをやりながら発表を聞いていた。
ポスターではゴードン・カレンのスケッチの場所の50年後を追いかけたものがおもしろかった。
夜はまたバンケットがあって、今日はアメリカに留学しているいろんな国の学生と話した。


それにしても風が強く、寒い。
「ウインド・ブレイカー」を着て行ったら、それなりに「ウインド・ブレイク」してくれた。
これが割とシカゴアンの正しいスタイルのよう。歩いている場所が場所だし、観光客には見られないだろうから、危険をひとつも感じない。


著者近影


RED MAN GROUP


■気づいたこと(メモ)
・エントランス前の階段で高級感
・シカゴは湖と遠い〜道路の存在と平坦さ
・やはり"Our Chicago"という表現

1
1
0
5
2
5






「英語」


今日は朝から、自分の研究に関係の強そうなセッションに参加しました。そのあとチャイナタウンでご飯を食べて、疲れたので宿で昼寝して、夜は学会のバンケットへ。

セッションは、案の定内容は追い切れず、わからないことが山ほどでした(インスピレーションは勝手にいただいた)。

英語でのコミュニケーションは、非常にフランクで気持ちがよいと思います。感謝や謝罪、そして思ったことをストレートに、伝える。この気持ちよさ。

ただ如何せん、聞き取れない。
1対1だとマアマアなんとかなるのですが、プレゼンで一気にしゃべられたり、複数人でわいわいしだすと、わからなくて、パードゥンも言えず、聞き取るのを途中で「諦めて」しまってよくない。

我々日本人の、あの黒船以降の欧米に対する鬱屈したコンプレックスの要因の一端は、この英語能力の欠如にあると思います。早期からの英語教育に対して、「もっと日本のこと学べよ…」とも感じていたのですが、さにあらず。英語能力の獲得こそが、自国に誇りを持つために必要ではないかと、今は思うのです。


バンケットへも、わけもわからず一人で乗り込んだわけですが、(ありがたいことにうちの教授の七光りのおかげもあって)日本から参加されている先生方に気さくにお話しいただけました。
明日はもう少し外国人とも話してみようと思う。


雨でも「いちいちかっけえ」


チャイナタウンは残念気味(飯はうまい)


平行四辺形の橋脚(川と線路が斜めに交差している)


バンケット


■気づいたこと(メモ)
・チャイナタウンはその都市のシステムにのっかって形成される
・小さい建物はファサードと側面の概念が強い(仕上げが違う)
・やはり都心への見返しが中心性を強める

1
1
0
5
2
4






「シカゴ」


シカゴに着きました。
朝の7時55分に伊丹から出たのですが、成田を経由して、朝の8時20分にはシカゴに着きました。所要25分、時差って偉大だなあ。


さて、時差ボケというものが何なのかよくわからないので、歩くことにしました。明日から天気が崩れるようだし。
なかなか暮れないので結構歩けて、15キロぐらい歩いていた。

わかりにくいけれど、今日の調査シート。



やっぱりアメリカ、いいですね。見るもの見るもの、かっこいい。
ちょうど三村なら、「いちいちかっけえんだよ!」とつっこむ感じです。
(ただインテリアのレベルでは、いちいち雑なのですが…)


駅も


郵便局も


馬車も


非常階段も


囲まれも


重なりも


高架線路との取り合いも


これも


それにしても、風が強いのには参った。さすが"Windy City"と呼ばれている街。現地の人は平気で半袖で闊歩していますが、僕にはなかなかです。

明日から、風、雨、低い気温というトリプルパンチに見舞われるみたい。手持ちのアレではもたなさそうです。



■気づいたこと(メモ)
・ビルが見られる引きがある
・ビル群を見返した時に町はずれ感がある
・高架をくぐると「市内へ」感/「市外へ」感がある
・低く広くなると、インダストリアル感がある
・地図の切れ端は、「郊外へ」感がある
・ランドマークとの再会は「戻ってきた」感がある
・シカゴは類似と差異で説明可能な範疇にある
・風が強いと旗が映える
・上層部の用途は気にならない
・表と裏の概念が薄い
・街路のヒエラルキーが京都より弱い(全部大通り)
・プラザは囲まれ感が重要
・黒人さんによくからかわれる
・意外に静か

1
1
0
5
2
3






「アメリカへ」


明日から暫くアメリカに行きます。
シカゴの学会で発表してから、ニューヨークにも寄ります。
国際学会は初めてだけれど、がっちり準備はできたので、楽しみたい。

今回はほとんど調べていない。「シカゴ学派の社会学」「錯乱のニューヨーク」も買ったけれどカバンに入れてあるだけ。
知識なしでなるべく街を歩いて、めいいっぱい様相を感じられれば。

以前西海岸に行ったときは、全く期待していなかったのにアメリカは素晴らしかったので、今回も期待せずただ行きます。一応建築の目玉はサーリネンの空港。最終日に見ます。


ところで「地球の歩き方」はどのように持ちますか?僕はあの大きいのを持ち歩くのがしゃらくさいので、出発前に必要なページだけもぎって持って行きます。
今回も、ショッピングとかホテルとか、どうでもいいページを外していったら、半分の厚みで済んだ。あとは半分に折ればポケットに入る仕様。


右が要る方、左が要らない方

そのまま勢い込んで「アメリカ建築案内2」も刻もうかと思ったけれど、今回は思い留まりました。西海岸の「1」は刻んだけれど。


テロは怖いですが、明日から「もんじゅ」の引き抜きだそうで、同様に怖いですね。
皆様ごきげんよう。今回は現地でも「ブログ」を書くかもしれません。

1
1
0
5
2
2






「本願寺かいわい」


本願寺は物心ついたころから工事をしていたので、おそらく初めて行きました。

東は法要期間中であったので、もう万博状態。



西はまだよかった。大屋根とトラスの取り合わせがかっこいい。



渉成園は、「気軽に行ける桂離宮」としてもっと知られてもいい。








ところで、よく「かいわい」と平仮名で書いてあって、それがどうしても「かわいい」に見えてしまうのですが、あなたはどうですか?

【名前○○】さん
かわいい、だと思ったよ

【北】
せやろ。
1
1
0
5
2
0






「西山」


西山、大原野のあたりは竹林や柿畑、田んぼが美しい。嵯峨野界隈と並んで、京都のいい田舎の風景。
そこをうろうろドライブしていたら、正法寺というお寺に辿り着いた。

なんでも、真言宗の別格本山の一つらしい。規模こそ大きくないけれど、重要文化財のご本尊、よく手入れされた借景庭園、水琴窟など見所がいっぱいで、静かで誰も来ないこともあり、かなり長居をしてしまいました。



ところがその静けさをぶち壊し、工事の音が聞こえる。「京都第二外環状道路」の建設工事。

このページがその計画。

こうアッサリと描いてしまえばなんでもないけれど、要するに、亀岡〜福知山に抜ける京都縦貫と、名神大山崎をつなぐために、西山をずばっと通り抜ける道路。
その様子はこのページに詳しい。なかなかえぐい。


実際、大原野の真ん中には今でも車通りの多い道があり、そこを北上する車は、かならず9号線で左折して京都縦貫へと向かう。つまり、ここを結ぶ需要は確かにあるということ。

ただその人たちが西山に降り立ち、寺を巡って筍ごはんを食べでもしたら、果たして高速道路に賛成するであろうか?

効率が勝る悲しい社会、と言うのは簡単だけれど、その効率派が多数を占めるというより、実際は、「効率派の意向が実現されやすい社会構造」に問題があるのかもしれない。


でんかハウスのmさんは実家がこのあたりで、今の西山の風景の記憶を残すべく、ピクニックなどを主催している。いいことだと思う。

1
1
0
5
1
7






「スケープ・ゴート」


「国になんとかしてもらわないと困る」
「東電が駄目だからこんなことになった」
…。

国や東京電力がよくやっているとは決して思わないけれど、ここまで貶められると、彼らが一種のスケープ・ゴートとして機能しているような気がします。

今の菅政権ではなくても、今の東京電力の体制ではなくても、ここまでの災害が起きたら、こういう状況にはなりえた。それを実現させうる社会のフレームの方に、根本的な問題が潜んでいる。どうせ次の選挙までしかもたない民主党政権を、とやかく批判するだけで満足していいものか。

本来のコミュニティなら自助努力でなんとかしただろうし、なんとかならないなら、淘汰されていた。それが、中途半端な福祉国家になったから、必然、人は国に頼るようになってしまう。年金制度などはその最たるものだと考える。


そもそも「国」という言い方があやふやでよくわからない。その「国」は内閣を指すのか? 経済産業省? それとも国民全体?

これだから、実際には「王」もいないのに「びわ湖わんわん王国」なんて言うことが、平気でまかり通ってしまうんだ。

1
1
0
5
1
3






「ゴースト」


近所の家が建て替えられた。
工事中の写真がこれ。



もとの家の輪郭がきれいに隣地のビルに転写されている。

そして出来上がりがこれ。





新しくできた家と、痕跡がうまくマッチして、ある種の街並みを形成している。

研究室に来ている留学生が、こういう痕跡を「Ghost of Machiya」と呼んで、写真を撮り集めている。
今度教えてあげようかと思う。



ところで、この取り壊された家は、表側2坪ぐらいで、「無人娘」なる店舗を経営していた。どうやら、エッチな商品を販売するお店だったようだ。

あの娘はどこへ行ったのだろう。ゴーストにさらわれたのだろうか。

1
1
0
5
0
9






「研究」


今は、様相とは何たるや、人間はいかに様相なるものを把握するのか、ということについて、本を読んだりモデルを考えたりしています。

たまにロジカル・ハイは訪れるけれど、それを明確にモデル化したり、人に実感を持って説明したりするには、まだまだ。

そして、ウン千ウン百年にわたる、哲学的・記号論的な壁が権威然として立ちはだかっている感じがして、語る権利さえ脅かされている心地になっている。実際はそんなことはないのだけれど。しかしとにかく勉強するしかなるめい。



それから、月末にシカゴの学会で発表するので、それに向け、英語でプレゼン準備をしています。
こちらも、ままにならない英語力でやっていますが、頼りになるのが同居人Gregory。ネイティブ・チェックを喜んで引き受けてくれます。なんてええやっちゃ!

1
1
0
5
0
8






「でんかハウス」


北村さんの個展に行ってきた。
テキスタイルの作品3点を、あのスペースに大胆かつスッキリと配していた。商用のテキスタイルではなく立体作品とのこと。新鮮だった。

なお、照明やラグもかえていた。
空間と作品のコラボレーションで、非常に清楚で涼やかな様子であった。
カオスだけじゃなく、こういうのもあるのね。


僕のデジタル・カメラでは、写真に撮るのは難しかった。



1
1
0
5
0
5






「亀岡」


窓を開けたまま車を走らせることのあまりに気持ちよいことに誘われ、大学の駐車場を通り越して桂坂ニュータウンを走った。
やがてニュータウンを抜け山道に入り、老坂という峠を越えたら亀岡に入った。

旧道沿いには古い農家や商家が並び、裏手は田畑になっている。そこここに鯉のぼりが上がっている。そう遠くないところに山が見渡せる。



小さな神社にふたつ立ち寄った。ひとつはJR線やトロッコ列車を見下ろせる神社。もうひとつは、古くから源氏によって庇護され、足利尊氏の旗揚げの地ともなった神社。
かつて、明智光秀も亀岡の地を治めながら密かに京に出る機会を伺っていたというから、亀岡はどうもそういう場所らしい。



それにしても静かで気持ちがよかった。万一桂キャンパスの職員となることがあったら、亀岡に住むのもいいかと思った。


ちなみに古い家並みの残る街道があると言っても、逸れると、すぐに新しい住宅が見える。中でも、神社の参道が曲がる手前のどん突きに建設中の建物にはまいった。



別に新しいのがダメというわけではありません。
古い商家のような、今後数百年残したいと思う建物を今つくる、という発想が本当に急務だと思います。
(「残すべき風景をつくる」は「嵯峨嵐山プロジェクト」のファーストコンセプト)

1
1
0
5
0
5






「石の声」


NHKで、日本の城の特集番組をやっていた。

その昔、比叡山坂本のあたりに、穴太衆(あのうしゅう)という野面積(のづらづみ)の石工集団がいたそうだ。自然石をそのまま活かして石垣を組み、ランダムに見えて高い強度を持つ。その技術を今も守っている一家が、ある。
その当主曰く、

「先々代は、『石の声』が聞こえたそうだ。石がどこに行きたがっているかを聞けば、おのずと石の置く場所はわかる、と」

多分大袈裟でもなく、その人にしか見えない世界だったのだろう。


僕も、「街の声」を聞けるようになればいいなと感じます。

1
1
0
5
0
1






「採用」


4月1日より、「日本学術振興会特別研究員 DC2」に採用されました。
学生であるポジションにはかわりはないけれど、研究に月々お金をいただけるというありがたい制度です。

京都に帰ってから2年間、いろいろなことをしてきました。
その中で、一番おもしろく、かつ社会的にも競争力があるのは、僕のやっている研究なのだと気づきました。

もちろん将来は不動産屋もやりたいのですが、ひとまずは、研究者として一人前になるべく、打ち込むつもりです。


研究の現状としては、修士課程のときに(素晴らしい思いつきによって)集めた膨大なデータを分析し、一応博士論文が書ける要件は揃ってきています。
ただし、これから探求すべき課題は、僕の目の前にインド洋のように広がっています。おまけに、師匠は王貞治のように偉大だ。



これに伴いホームページを変更しました。
ただデザインは変えていません。面倒臭いというのが大きな理由ですが、この雰囲気と変なブログスキンに愛着が生まれてきているということもあります。

トップページは自分をパロってやりました。まあ前の方がいいとは思うけれど。

ブログのカテゴリーも変えました、「まじめ風」にしました。以前のものはこちらです。